閑話その4 幸せのしっぽ1(R18) 朝、目覚めて隣に眠る豪さんに視線を落とした。 深く眠る彼に思わず笑みが零れた。 (いつもは私よりも早く目覚めているのに…。 珍しい…) そっと髪に触れる。 豪さんの髪を触れながら、夜中迄に及ぶ彼との行為を思い出し、恥ずかしさがこみ上げ、思わず彼の腕から逃れて起きようとした。 私の行動に眠っていた豪さんが目を覚ました。 「何処に行こうとしている?」 寝起きの声が少し低音なのも、こういう関係になって知った事。 「日が射してきたので、もう起きようかと。 だから…」 と言い終えないうちに豪さんに腕を取られ、腕の中に抱き込まれる。 「まだ、早い。 もう少し寝てなさい…」 「でも…」 と言葉を紡いだ途端、お互いが何も纏ってない事に羞恥が走る。 未だに彼の素肌を直に感じる事に慣れる事が出来ない。 顔を赤く染め思わず豪さんの視線を逸らした事に、彼が微笑んだ。 そっと私の頬に手を添える。 「…夏流」 「…」 甘く紡ぐ彼の言葉にまた、頬が赤くなる。 目を細めながら私の唇にキスを落とす。 最初はそっと触れるだけ、何度も角度を変え唇の柔らかさを堪能する豪さんの唇が私の唇を含くみ、吐息が零れる私の口内に 彼の舌が入り歯列をなぞる。 戸惑う私の舌を絡め吐息すら奪う深い口づけに、私は強くシーツを握った。 うっすらと見開くと豪さんの艶やかな視線が私に注がれている。 耐えられなくなって唇を離した途端、私は豪さんに顔を背け枕に突っ伏した。 急な私の態度に豪さんが苦笑を漏らす。 「夏流。 まだ、触れられるのが怖いのか?」 「…駄目」 「駄目?」 「昨日もあんなに恥ずかしい姿を見せたのに…。 だから、嫌」 「…」 「…豪さん?」 「…全く、無自覚に俺を煽る…」 微かに呟く彼の顔が仄かに赤く染まっている。 「…え?」 「夏流。 済まない…」 「豪さん…」、と言葉を紡ごうとした唇を奪われ、彼の指先が身体に触れていく。 胸をやんわりと揉みしだき、吐息が出そうになる唇を何度も啄みながら、燻る熱を暴きだそうとする。 目を硬く瞑り、かぶりを振ってやり過ごそうとする私に、豪さんが啄んでいた唇を離し耳朶を含みながら熱い息で私に囁いた。 「夏流、俺を感じて…」 その艶やかな声に全ての感覚が落ちていく。 体中にキスを降らせ、胸の先端を含んだ熱い口に声が漏れる。 「い、いや…。」 自分ではなくなる感覚。 下肢を触れる指先にどれだけ私が、彼の行為に感じているかを示すかの様に溢れる水音に恥ずかしさがこみ上げ、涙が溢れて止める事が出来ない。 「やあ、こ、怖い、豪さん…」 彼を受け入れ震えが走る身体に感情が高ぶって、思わず彼の背に腕を絡め、強く引き寄せ迫る波に耐えようとする私の腰を掴み、 豪さんがもっと動きを速めていく。 目の前が弾かれた感覚に私は意識を失い、彼の腕の中でまた深く眠り込んだ…。 「…夏流。 男が出来たでしょう?」 豪との逢瀬があった次の日の夕方、夏流は久々に親友の美咲と夏流のマンションで、食事をとっていた。 互いの職場での愚痴を言い合っていたが、急に美咲が話を変え、問う言葉に、夏流はどう返答すればいいのか、悩んでしまった。 「…ど、どうしてそう思うの?美咲」 途切れ途切れに言う言葉が既に肯定では?、と心の中で苦笑を漏らしながら美咲は、夏流をからかおうと思い、すと項に指を這わせた。 「うふふふ。 キスマーク♪」 美咲の言葉に、口をぱくぱくさせて耳迄真っ赤にする夏流に美咲は確信した。 この頑な親友がやっと恋に対して前向きになった事を…。 「冗談よ。 う・そ。」 美咲の言葉に我に返った夏流が非難の言葉を捲し立てる。 「美咲のばか! 私をからかって」 「でも、彼氏が出来た事は事実でしょう? どうして黙っていたの。」 美咲の言葉に急に黙り込んだ夏流に美咲は、触れてはいけない事に触れてしまったと、発した言葉に少し後悔をした。 知り合って2年。 未だに夏流が自分に対して、たまに距離を測ろうとする部分がある…。 (まあ、だいぶ改善されたけどね…) 夏流と初めて出会ったのは2年前、昔、隣に住んでいた時に世話になった高橋と言う老女が事故で意識不明になり、 夏流の母がいる病室に入院した事が発端だった。 夏流の母が意識を失って8年、最早、意識回復の見込みは無く、後はただ静かに身体の寿命が尽きる迄、人生を全うするという症状だった。 ただ、問題はまだ若く身体に異常が無くても、寝たきりという状態が褥創や肺炎と言ったリスクを背負っていると言う事だった。 期間の見えない闘病生活…。 母親を見つめる彼女の心の中に過るのは一体なんだろう?と見舞う度に美咲は思った。 だけど、それだけ。 詮索する事では無いし、ましてや関わってはいけないと、思った。 それ程夏流の纏う空気は何時も張りつめていた…。 そんな美咲達に転機があったのは、高橋の症状が回復の見込みが望めないと、医師に告げられた事が発端だった。 医師の言葉に、財産の清算を始めた出した高橋の親族達。 その後、一生涯寝たきりとなった彼女を見舞う親族は誰一人、いなくなった。 余りの親族の滑稽さに怒りが沸々と湧いたが、所詮、学生の身で何が出来ると言うんだろうか? 時間を見て高橋の様子を見舞うしか出来る事がなかった。 病室の中に沢山の見舞いの花々が枯れていき、その後は誰一人、届ける事すら無い。 溜っていく洗濯物。 あれだけ身の回りに親身になっていたのに、それが目覚めた時、財産の分配が増える事を思っての行動だったと言う事実。 (呆れてモノが言えない…) まさに心境はそんな状況だった。 そんな日々に、ふと病室を尋ねると高橋のサイドテーブルに花が生けられ、溜められていた洗濯物がきちんと収納ケースに収められていた。 何度かは、事情を担当医に説明して美咲や、美咲の母が行っていたが、時間が取れない日もあり、そう度々、出来る事ではなかった。 それがどうして?と思うと、母親の面会に来ていた夏流が取り込んだ洗濯物を畳みだし、高橋の収納ケースに入れだした。 「な、何故貴女が? か、関係ないでしょう!」 美咲の言葉に、ふと微笑み夏流がこういった。 「1人分も2人分も変わりないから。 ちゃんと担当の先生と婦長さんに許可を取っているわ。」 「でも他人でしょう?」 「そうだけど」 詰め寄って言葉を発する美咲に、さらりと告げる夏流。 一瞬、2人の間に何とも言えない微妙な空気が流れた。 それを打ち破ったのは美咲だった。 「…。 貴女、変わっているね。」 美咲の言葉に、表情を和らげ夏流が応える。 「貴女も変わっていると思うけど。 高橋さんの親族ではないでしょう?、貴女。」 お互いの言葉に、ふと笑いがこみ上げ、くすくすと声を立てて笑い出す。 その後、美咲が夏流の性格に惚れ込み、一方的に距離を縮めていき、2人は親友となっていった。 |