閑話その4  幸せのしっぽ2




「で、相手は誰?」

食事を終えた2人は夏流が入れたダージリンと美咲が持って来たケーキを食べながら、話を続けた。

「…う〜ん。」

思い悩みながら言葉を濁す夏流を美咲は訝しげに見つめる。

「夏流。
話辛い相手なの?」

「…うん、まあ。
色々とあるの。」

「…聞いてもいい?」

「…ん。
前に話した事があるよね。
高校の時、付き合っていた人がいる事を。」

夏流の言葉に急に表情が変わる美咲。
一気に言葉を捲し立てる。

「な、夏流。
まさか、ま、またあの男と付き合いだしたの!?
あの、暴行男と!」

「み、美咲…!」

「だって、そうでしょう?
夏流の気持ちを傷つけて強引に身体を奪って、それがきっかけで男性恐怖症になったんでしょう、夏流!
私ね。
どうしてもあの男は許せない!
いくら事情が事情でも、夏流の身体を傷つけた事は許されるべき事では無いんだから…!」

声を荒げ夏流に詰め寄る美咲に狼狽えて夏流は頚を横に振る事しか出来ない。

何とか美咲の気持ちを落ち着かせようと、夏流は美咲の言葉を強引に遮った。

「美咲、違うの!
坂下君ではなくて、その…、か、彼のお兄さんなの…!」

顔を真っ赤に染め、俯きながら話す夏流は耳迄赤く染めている。

か細い声で話す夏流に、美咲は一瞬、声を失った。

「…お、お兄さん…?」

「そう」

「確か、彼のお兄さんて、あの、坂下財閥の後継者でしょう?
な、夏流…、それは」

遊ばれているんじゃあないの…!と出かかった言葉をどうにか飲み込む。

俯いていた所為で美咲の表情を見つめる事が出来なかったが、今の美咲は怒りに満ちあふれている。
今ここに豪がいたら、確実に美咲は豪に突っかかっていただろう…。

(確か坂下家の長男には確か、婚約者がいたハズよね?
その事、到底夏流が知っているとは思えない。
知っていたら夏流の性格上、恋愛云々よりも対象としては見ないはず。
だったら騙したって事?
やめてよ!
どうして夏流を騙して、身体の関係を強要したのよ!
弟だけではなく兄まで夏流を傷つけるの?
もおおおお、許せない!
私の大切な親友を兄弟揃って…。
夏流を何だと思っているのよ…!)

怒りに身体を震えさせながら美咲はどうにか、ぽつりと話す夏流の言葉に耳を傾けた。

「…とてもね、優しい人なの。
ずっと私を影から見守ってくれて、叔母夫婦の借金の事も、そして就職の事も色々、彼が私を助けてくれていたの。
それにね、美咲。
初めてだったの。
この3年間、男性に触れられて震えが走らなかった人は豪さんだけだったの。」

「夏流…」

「…坂下君の事を考えると、本当に彼のお兄さんと付き合ってもいいのか、悩むときがある。
それに彼は坂下家の後継者で、大人で年も離れているし、それに生きる世界がまるで違う。
不釣り合いな私を何故、豪さんが好きになったのか本当に解らないけど、でも、私…。
彼が好きなの。
初めて知ったの。
愛する事が、こんな風に気持ちが満たされるって言う事を…。
そして彼が誰よりも私を愛してくれている事を。」

「…本当に好きなのね。」

「…うん」

そう言葉を紡ぐ夏流の表情はとても綺麗で、愛する喜びに輝いていて、美咲は心の中にある言葉を
下ろす事しか出来なかった。

(でも、何時か夏流は知る事になるわ。
婚約者がいる事を知った時の夏流の悲しむ顔を、私は見たく無い。
酷過ぎるわ。
こんな夏流を騙して心と身体を奪ったあの男を、坂下の御曹司を私は許せない…!)

お茶を終え夏流のマンションを後にした美咲は直ぐさま、携帯を取り出し電話をした。

何コール目かに出た相手に静かに言葉を紡ぐ。

「こんばんは、貢さん。
美咲です。
貴方にこんな電話をするのは、とても不愉快で嫌なんですけど、でも背に腹は代えれないから」

「…貴女はいつも突然に俺に連絡をしてきて一方的に会話をするが、何がいいたいのかな?」

皮肉を込めくすりと笑いながら話す貢に、美咲は目を瞑り、声を震えさせながら言葉を紡げた。

「いつもごめんなさいね、一方的で!
私も貴方に電話なんかしたく無いけど、でも大切な親友の為なら、貴方と話すくらいどうでもないわ。」

ぴくり、と一瞬、貢の眉が上がり声のトーンが下がる。

「へええ、嫌な俺との会話も親友が関わると、君も態度を変えるんだ…」

不機嫌な貢の言葉をスルーしながら、美咲は簡潔に用件を述べた。

「今週の金曜日に、貴方のお父様の会社が今回、関節リウマチの新薬を大々的に発表する為のパーティーを開くのよね。
そのパーティーに私も出席しても構わないかしら。」

「…ふ〜ん、珍しいね。
公の場を嫌い控えていた君がね。」

「当然でしょう?
何時ら叔母に跡継ぎがいないからといって、姪の私を養女に迎え貴方と結婚させようとする考え、
私が賛同すると思う?
冗談ではないわ!
私はね。
好きな人くらい自分で見つけたいんです。
それに堅苦しい場所なんて大嫌い!
本当、夏流の為ではなかったら、誰が貴方なんかと!」

「…それはそれは。
で、君を招待すればいいのかな?
なんなら迎えに行こうか?」

「結構です。
パーティーの場所さえ教えて頂けたら。」

「あ、そう。
今回のパーティー、財界の方々をお招きしているので招待状が無かったら参加出来ない。」

「では、その招待状を私に下さい。」

「却下」

「貢さん!」

「当たり前だろう?
貶された俺がどうして君に出さないといけない。
それに普通、婚約者に招待状を出すべきモノではないだろう?
一緒に同伴するのが常なのに何故、必要なんだ?」

「あくまでも、そういう意地悪を申されるのね。
27歳の、大人の男性の言葉ではないと思いますが。」

「そういう君も、もう少し自分の立場を考えてみたらどうなんだ?」

にやりと笑いながら言葉を話す貢に、殴りたい心境だがぐっと堪えどうにか言葉を話す。

「今回は私が譲歩しますので、どうか私をパーティーに参加させて下さい。」

「金曜日、夕方5時に迎えに行く。」

「…お願いします。」

「その日がとても楽しみだ」

最後の言葉に性的なニュアンスが含められていた事に美咲は気付いていたが、無視し携帯を切った。

(本当にいけ好かない男だわ!
ああ、どうして叔母さんも私を養女にしたいのよ。
まだ、美鶴姉さんに美苗がいるじゃない。
よりによってどうして私を!
もおおお、あんな顔と家柄がいいだけで、性格が高慢ちきで強引で腹黒な男を好きになれる訳無いじゃないの!!!!
お父さんもお母さんも結婚の時に叔母さんに助けられたからと言って、娘を差し出さないでよ、バカ〜!!!!
本当にお金持ちなんてダイッ嫌い!
絶対にあのバカ男も、坂下の御曹司も許さないんだから!)

怒りが増々深まり、たたき落としそうになる携帯をどうにかバッグに収めた美咲は、気持ちをどうにか鎮めながら自宅に帰って行った。





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