閑話その4  幸せのしっぽ5(R18)




一人残された美樹が、自称気味に微笑む。

「貴方は本当になんて愚かなんでしょう、豪さん。
愚かな貴方には、現実を教えて差しあげないといけませんよね…?」

くすりと微笑み、バッグに忍び込ませている携帯を取り出し、ボタンを押す。

何コール目に出た相手に、口角を上げ嗤う。

「忍さん、お久しぶりです。
先日はお電話、有り難うございました。」

かかって来た相手を知り、忍が携帯越しに微笑む。

「美樹さんから連絡を戴くとは思いませんでした。
俺に何か?」

「…実は忍さんに折り入って伝えたい大切な話があって。
今度、何時、坂下の実家に戻られますか?」

「そうですね。
今、講義が立て続いていて当分は難しいですね。
来月が丁度、定期診察の日になっているので、坂下家に帰ろうと思ってます。」

「…そうですか。

体調は今も?」

「いえ。
ただ、坂下の家族が心配するので定期的に受診する事で家を出る事を許されましたから。
ふふふ、皆、俺の事を過保護な迄に思って下さる。」

と苦笑する忍に美樹が同調して軽やかに微笑む。

「で、俺に何か用事でも?」

「忍さんにとってとても大切な話がありますので、こちらに戻られましたら是非、わたくしに連絡を下さい。
いえ、本当は今すぐにでも戻られた方が忍さんにとって必要かと思われますが…。」

「それはどういう意味ですか、美樹さん?」

「ご免なさい。
この事はやはり、忍さんに伝えないといけない事なんでしょうね?
忍さんは今でも、藤枝夏流さんを想い続けていらっしゃいますか…?」

急に出る夏流の名前に忍の身体に動揺が走る。

「…どうして美樹さんが夏流の名を?」

忍の尋常ではない様子に携帯越しに微笑みながら、親しみを込めて囁く様に言葉を紡ぐ。

「実は坂下のおばさまが、忍さんの事をわたくしに話して下さって。
医師になろうと言うお気持ちも、なぜ、その道に進むのかも、そして心に秘めた相手がいる事を逐一、話して下さいました。
わたくしが忍さんの義理の姉になる立場を尊重してのお話でした。
その事がわたくし、とても嬉しくて、嬉しくて。
わたくしは…、心から忍さんの幸せを望んでいます。」

「美樹さん…」

「だから忍さんにお伝えしないといけないと思って。
藤枝夏流さんに今、想う相手がいる事を…」

美樹の衝撃的な言葉を聞いた途端、忍は全身の血が引く感覚に陥った。

(夏流に想う相手…?
夏流に恋人が出来たという事か…?)

「何時、夏流に…、想い人が?
付き合っているのか…」

切れ切れに言葉を紡ぐ忍に、美樹が深く頷く。

肯定する美樹の言葉に、忍の衝撃が更に強くなる。

「…相手は忍さんがとてもよくご存知な方です…」と伝える名前に、忍の手から携帯がするりと落ちる…。
急に忍との会話が途切れた事に、美樹は艶やかに微笑みながらその場を立ち去った…。


「待たせて済まなかった、夏流」

マンションの玄関先で待っていた夏流に、車から降りた豪が夏流を抱きしめる。

急な豪の抱擁に夏流の頬が一気に上気する。

「きゅ、急に豪さん、何を…」と言葉を紡ぐ夏流に愛おしそうに視線を落とした。

夏流を抱きしめ甘い香りに鼻孔がくすぐられ豪は、先程の美樹の言葉がだんだんと薄れて行く…と心の中で苦笑を漏らした。

「今日、夏流を沢山、愛しても構わないだろうか?」

からかうように耳元で囁く豪に夏流は真っ赤になって俯く。

「豪さんの意地悪…」とぽつり、と言葉を零す夏流に豪は抱きしめる腕の力を強くした。

豪のマンションについた途端、啄む様に口づけを受けながら夏流はジャケットを脱がされる。
ワンピースのファスナーを下ろされ、脱がそうとする豪の手をやんわりと遮った。

「ご、豪さん、ここでは嫌…」

玄関先で求められる事に羞恥が走り、抵抗する夏流に豪は微笑み、抱き上げながら寝室に向う。

ベットに座らされ、自分の視線にあわせキスをする豪の背に手を回し、夏流は応えた。

ワンピースに手をかけ、キャミソールと一緒に脱がされ、ブラだけの姿になった上半身の夏流に、あの深い瞳が捕らえる。

指先が頬から首筋に、鎖骨から胸元へとゆっくり動かされる。

ぱちん、と弾くフォックの音に夏流の羞恥が更に強くなる。

「この部屋で初めて夏流の裸体を見たときから、こんな風に触れたかった…」と熱い吐息がまろやかな白い胸元を翳め、淡い先端を口に含みながら背に手を回し、
そっと夏流を横たえた。

先程から抑える事が出来ない甘い吐息。

「あ、ああ、ご、豪さん…」

与えられる快楽がさざ波の様に夏流の思考を奪い、喘ぎが何度も何度も繰り返し、夏流の口から零れる。

浅い息を吐きながら、決定的な強い波を与えられないもどかしさに、夏流は自ら豪の頚に腕を回す。
目を潤ませ、無意識に自分を求める夏流に豪が艶やかに微笑み、夏流の膝裏に手をかけ深く身体を繋げた…。

互いの吐息が部屋中に響き渡る。

身体を強く揺すぶられ、ベットのスプリングの激しい音が夏流の鼓膜を刺激する。
何度も絶頂を迎えた身体は既に疲労し、豪に縋っていた腕がだらりと落ちる。

そんな夏流の背に腕を回し、更に身体を密着させ自分の存在を夏流の中に主張させる。

「はあ、愛している、夏流…!」

迸る情熱を全て注ぎ込む様に夏流の最奥に打ち付ける。

豪の激しい熱情を一身に受けながら夏流は辛うじて保っていた意識を手放すのであった…。


「嘘だろう、兄貴…!
美樹さんが言った言葉、嘘なんだろう!?」

美樹との会話での衝撃的な内容に、忍は混乱する自分をどうにか保たせようと必死になっていた。

(藤枝夏流さんの相手は、坂下豪。
忍さん、貴方の義兄です…)

美樹の言葉が脳裏に反芻する。

「どうして、美樹さんと婚約している兄貴が、夏流と?
何時から夏流の事を愛していた…!
何時からだ!
俺に向けたあの言葉は本心からではなかったのか?
俺の想いを知っていたはずだ。
なのに、どうして夏流と…!
どうしてなんだ、兄貴!」

3年前の豪の言葉が頭に過る。

「お前は人生において最大の出会いをしたな。

誰もが滅多に経験出来る事では無いぞ。

お前は本当に素晴らしい恋愛をした」と。


あの時、満面な笑顔を浮かべて俺の恋を応援してくれた。

なのに…。

「俺に兄貴を憎ます事をさせないでくれ…。
兄貴…!
俺は兄貴を失いたく無いんだ…!」

止めど無く流れる涙を忍は抑える事が出来ない。

「兄貴…。
俺の家族。
唯一認める男。
優しくて、何時も穏やかに微笑み、慈愛に満ちたあの優しい笑顔が俺は好きだった。
事実、夏流が兄貴に惹かれてもおかしくは…、ない。
だけど、駄目だ。
夏流だけはどうしても譲れない!
兄貴が夏流を愛する事が何を生み出すか、解っているのか?
夏流が願う平穏な生活を兄貴は潰そうとしているんだ…。
坂下の後継者であり婚約者がいる兄貴が…、夏流との恋を全う事等出来ない!
秋に執り行う美樹さんとの結婚を今更破棄する事等、兄貴の個人的な思惑で出来るはず等ない…。
夏流を愛人にするつもりか?
そうなのか、兄貴!」

苦渋に満ちた忍の表情が更に歪み、床に落ちた携帯を拾い豪に連絡を入れる。

電源が切られているのか、一向に豪の携帯に連絡がつかない。

自宅のマンションに連絡を入れても多忙な豪の事、まだ帰宅等していないであろう…。

「俺は真実を確かめないといけない…。」

携帯で新たな番号を押し連絡を入れる。

何度目かのコールで出た人物が弾む様に応える。

「義母さん…。
俺、来月の診察日迄帰る予定を入れなかったが、今月末に家に帰るよ。
その時、兄貴にも会う事が出来ないだろうか?
義母さんからそう、伝えてくれないか…。
俺にとっても、いや、兄貴にとっても大切な話があるから。」

忍の言葉に義母、愛由美は軽やかに微笑み、了承する。

「有り難う、義母さん…」

携帯を切る忍の表情には既に苦悩の陰りは無く、あるのは豪に対する憤りであった…。

「夏流…。
今の俺はまだ君に会う資格等無い…。
だが、俺は君に会うよ。
そして兄貴から君を奪う…。
君を幸せにするのが、兄貴ではなく俺だから…。
君を誰よりも愛しているから…!」







拍手にて「成人式」をアップしています。
宜しかったら、ぽちっと押して下さい。
書く励みになります(深々)


web拍手 by FC2



inserted by FC2 system