閑話 Siesta(R15)





豪さんと付き合い始めて、一ヶ月が経った。

週末は、豪さんの亡くなったおばあさまの別荘で過ごす事が恒例となった。

他に何処か行きたい所があるか?とよく問われるが、この別荘が気に入っているし、何よりも豪さんとゆっくり過ごせる。
特にないと伝えると深い笑みが返って来る。
彼がいたら何処でもいい…と考える自分に、くすり、と笑みが零れた。

そんな私を穏やかに見つめる豪さんの瞳はいつも優しいのだが…。

今日の豪さんの瞳には疲労の陰りが窺える。

「豪さん…?」と言葉をかける私に彼は、自分の座っているソファに腰掛ける事を促した。
疑問符が飛び交う中、彼が言う通りに横に腰掛けると、急に私の膝に頭を乗せた。

「な、何を急に…」とあたふたする私に、豪さんがゆっくり目を瞑り、「ここ数日余り寝ていない。少し寝かせてくれ。」と言葉を紡ぎ眠りだした。
穏やかな寝息が彼から聞こえるのを見て、私は、「もう…!」と頬を染めながら眠る彼を見つめた。

すっと鼻梁が通った、彫りの深い顔立ち。
女の私が嫉妬するくらいに睫毛が長くて、髪の毛は黒々と艶やかで。
触れると意外に細く、髪質が柔らかくて、何度も何度も触れながら、彼の顔をじっと見つめていた。

(私の柔らかみの無い膝に頭を置いて、寝心地が良いのかしら…?)

そう思いつつ、穏やかに眠る彼の表情を見ながら、考えに耽っていた。

心地よい風が部屋の中を吹き抜け、柔らかい日差しが部屋全体に差し掛かっている。

室内に流れるピアノの旋律が夏流を夢の世界に誘う。

「そういえば、ここ最近、私も眠れなかったのよね…」と、うとうとする思考の中で、夏流はゆっくりとソファに身体を預けた。



すと、触れるくすぐったい感触に顔を歪める。

「うん…」と身じろぎすると、苦笑する声が聞こえた。

(あれ?
私、いつの間にか眠っている???)

ぱちり、と目を見開き今の状況を確認して、一瞬にして体中に冷や汗が出て顔が真っ青になる。

「起きたか、夏流?」とくすくす笑い出す豪さんに、私は彼の膝に頭を置き眠っていた事を知った。

「わ、私…」と恥ずかしさの余り、身体を起こし離れようとする私の腕を掴み、膝の上に座らせる。

背中に両腕を回され、近距離で見つめられ逃れられない状況に、思わず泣きそうになる。

辛うじて出来る事は目を瞑り、彼の視線を遮るだけ。

頬を染めて「離して…」と途切れ途切れに言う私の言葉を遮る様に、豪さんが唇を啄みだす。
「どうして急に起きて離れようとする?」とキスの合間に問う彼に、「なんて意地悪な事をまた言うんだ、この人は!」と心の中で叫んだ。

時折、私の反応を楽しむかの様に、こんな意地悪を彼は私に言う。

ぷい、と顔を背け無言を通す私に、くすり、と笑い、そして唇を塞いだ。

熱く柔らかい感触に、体中の熱が奪われる感覚に陥りそうになりながらも、からかわれた事に怒りが収まらない私は口を閉ざし、
彼のキスを拒んだ。

不機嫌な様を感じた彼がふと微笑み、両腕で支えていた私の身体を片腕で支え直し、そして私の身体の線をもう片方の指先で辿り始めた。

すと頬に、頚から鎖骨にかけて擦る様に触れる指先に、息が止まりそうになる。
甘い感覚にかぶりを振る私に、もっと、彼が私の身体に触れて行く。
ブラウスのボタンを片手で器用に外し、直に触れようとするのを知った私は豪さんの手を遮り、抗議の言葉を上げようとした。

その瞬間、彼の感触が口内に広がった。

絡まる熱い感触に、体中の熱が、思考が奪われる。

彼の身体に縋る様なカタチでシャツを掴んでいるのを感じた豪さんが目を細め、ゆっくりと唇を離しながら、
そっと私の耳に囁いた。

「夏流の膝の上でゆっくりと眠る事が出来たよ…」と、囁く彼の声が艶を帯びている事が解る。

何を言おうとしているのか理解しながらもまだ、こういう行為に慣れない私は、顔を赤く染め俯く事しか出来ない。
恥ずかしくなり、じんわりと涙が浮かびだした私に微笑み、豪さんは身体を放し、ソファから立ち上がった。

気を悪くしたのだろうか?と、急に立ち上がった豪さんの行動に不安が過る。

そう思っていると、システムキッチンの上に置いてある、サイフォンから珈琲の香りが漂いだした。
湧いた珈琲を豪さんはマグカップに注ぎ、トレーに乗せテーブルの上にそっと置いた。
焼き菓子と一緒に。

「ミルクも添えてあるから」、と言う彼の優しさがじんわりと心に広がる。
豪さんの入れた珈琲が気に入っている私に、彼がよくこんな風にお菓子を添えて差し出してくれる。

味わう様に珈琲を飲む私に近づき、また艶やかな声で囁いた。

「夜が待ち遠しいよ。」と掠れる声で言う豪さんに耳迄が赤く染まる。

「も、もう…」としか言えない私にくつくつと笑い出す。

またからかわれた事を知った私は、キッと豪さんを睨んだが、それがまた豪さんの笑い声に拍車がかかる。

収まりの着かない彼に私は憤慨し、すと離れ、そっぽを向いた。

そんな私に「済まない」と笑いながら謝罪する。

「本当に悪いとは思っていない癖に…」を心のなかで悪態をつきながらも、優しい微笑みを絶やさない彼に心が奪われる。

彼を改めて見つめる…。

14歳も年上で、大人で、穏やかで優しいのに、でも時折こんな風に少し意地悪で、そして情熱的に愛を囁き私を激しく求める。

彼との行為を思い出し頬を染める私に、「夏流」と甘く囁きながら、そっと彼が私を抱きしめる。

そんな彼の背に腕を回し、彼の胸に身体を預け言葉を紡ぐ。

「貴方が誰よりも好き…」、と。

目を伏せながら告白する私に、彼が顔を赤く染め、強く私を抱きしめた。

「夜迄待てそうも無い…」と伝える彼に、私は耳迄真っ赤にして、つい言葉を飲み込んでしまった。

辛うじて「今はまだ、駄目…」と言葉を紡ぐのが精一杯だ。

羞恥に震える唇にまた、キスが落とされた。

甘い一時…。

豪さんと付き合い始めて、初めて知った喜び。

側に彼がいる幸せ。

「豪さん…」と言葉を紡ぎ、彼の肩に頭を寄せる。

穏やかに微笑み、私の頭を優しく抱きながら、彼が甘い声で囁いてくれる。

「愛している」と。

その言葉に私はまた、幸せを感じた…。

幸せな時間が過ぎて行く。

この幸せが永遠に続ければいいのに…、と心の中で祈りながら、私は彼の胸に身体を預けた…。

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