Act.6 予感 その2 「これを君に渡しておくよ。」 ダイニングテーブルのチェアに腰掛けてコーヒーを飲んでいた夏流に、豪が封筒を差し出した。 コーヒーをテーブルに置き、差し出された封筒の中を見ると夏流が借り入れた金融会社の契約書と、 佑司が連帯保証人となりサインした契約書で入ってあった。 「どうしてこれを?」と驚きを隠せない夏流に豪は笑みを深くした。 「君が俺の融資を断ってもこれを渡そうと思っていた。」 「…坂下さん」 「もう、これで君の叔母夫婦も借金の取り立てに頭を悩ます事もない。 君もこれで心から安心出来るだろう?」 「でも…!」 「夏流君。 俺は君に言ったよね。 忍との想いを大切にするのなら、何も言わずに受け取って欲しい、と。」 「でも、余りにも金額が高額過ぎます! これは頂けません! だから、何年かけても返済させて下さい!」 「…」 「坂下さんの気持ちは充分に伝わりました。 本当に感謝をしきれないくらい、有り難く思っています。 でも、やっぱり融資の好意は受け取りますけど、お金は頂けません。 だから…!」 頑に自分の主張を押し通す夏流の様子に、豪はくつくつと笑い出した。 急に笑い出す豪の様子に、夏流はきょとんと、目を見開き豪を見つめる。 苦笑を漏らしながら豪は夏流に言葉をかけた。 「ふふふ、君って人は…。 本当に頑として自分の意志を押し通そうとするね。 全く…、昔と変わらない。」 収まる事が無い豪の笑い声に、最初は虚をつかれた様に豪を見つめていたが、だんだんと腹が立ち、夏流はぷいと、顔を背けた。 不機嫌な様子を露にする夏流の子供っぽい仕草に、豪は更に笑い出す始末だ。 流石に大人げなかったと感じた夏流は、豪の笑い声を遮る様に捲し立てた。 「も、もう、坂下さんは笑い過ぎです! 私、何か可笑しい事を言いましたか? そんな風に笑われたら、気分を害します。」 居たたまれなくて反論する夏流が余りにも可愛くて、豪はついからかいを含めた口調で話した。 「そう、怒ると可愛い顔が台無しだよ、夏流君。」 豪の言葉に、一瞬呆気に取られながら「さらりとなんて恥ずかしい事を言うんだろう、この人は…!」、と夏流は顔を真っ赤に染め心の中でごちた。 視線を逸らして黙り込む夏流に、豪は笑いながら「済まない」と謝罪し、言葉を続けた。 「お詫びに食事でも奢るよ。 お腹がすいただろう? 美味しい焼きたてのパンを出すカフェがあるから、そこに行こう。 車を出すから準備をして。」 豪の急な誘いに夏流は、豪が意識的に自分の言葉が遮った事に気付き、慌てて豪に声をかけた。 「待って下さい、坂下さん。 返済のお話がまだ、終わっていません!」 出かけようとする豪の腕を掴む夏流にふと、微笑み、豪は夏流の手に手をすっと手を重ねた。 重なる手から豪の熱が移り、夏流は胸の高まりを抑える事が出来ない。 手を重ねられ事に頬を染める夏流に、豪は苦笑しながら言葉を続けた。 「君には参るよ、本当に…。 うん、そうだなあ。 毎月、無理のない範囲で金額を返してくれたらいい。 返済金が、俺が見て妥当ではない金額だと判断したら、それ以降は受け取らない。 いいだろうか、それで。」 「でも…」 言葉を続けようとする夏流の言葉を豪はやんわりと遮った。 「俺が決めた事だ。 君は素直に従うべきではないのかな?」 「坂下さん」 「もう、この話は終わりだ。 食事に行こう…。」 そういい終えると豪は、重ねていた夏流の手を離した。 目には穏やかな光を称え夏流に微笑んでいる。 ふと、豪の熱が残る手を、もう片方の手で夏流はそっと触れてみた…。 (触れられて怖いはずなのに、なのに、全然怖く無い。 男の人に触れられて不快にも感じない…。 どうして?) 以前の自分なら、こんな風に触れられると震えが走っていたハズだ。 恐くて避けていたいたはずなのに、なのに、今自分は熱が離れた事に戸惑いすら感じている…。 自分の心に変化が及ぼしている事に夏流は未だに気付いてなかった。 |