Act.5 予感





カーテンから日が差し込み、浅い眠りについていた夏流は夜が明けた事を知った。

起き上がり自分の姿を知った途端、夏流はシーツを身体に纏い起き上がるのを躊躇った。

上半身裸のままで寝入った事に気付いた夏流は、昨日、豪との間にあった事をまざまざと思いだしていた。
全身に羞恥が走り、顔を真っ赤に染める。

そして身体を奪われる恐怖が自分の感情を捉えていたはずなのに、思い出すのは自分を強く抱きしめた豪の腕の温かさと
優しい囁きであった。

ずっと怖かった。

坂下君に奪われた時の記憶が蘇って、感情が捕われて…。

今でもその時の事を思いだすと身体の震えが止まらない。

「坂下君…」

あれから3年…。

彼とは一度も会っていない。

あの後、彼は白樺学園を去って県外に転校した。

その後の消息は耳にしなかった。

ううん、敢えて聞こうとはしなかった。

既に終わった関係だから…。

彼と私は別々の人生を歩む為にあの時に別れた。

お互いが大切だと解った時、私は彼が好きだった事を知った。

彼の気持ちにも気付いていた。

彼も私の事を想っている事を…。

そして彼が私の進む道を尊重したから、自分の想いを伝えなかった事を…。

だから大切にしたかった。

彼との想い出を、あの出来事を。

だけど、結局、私はそれを利用した。

無意識にそうなる事を知っていた…。

「坂下君、ご免なさい…」

そう、言葉を紡ぐしか出来なかった…。


コンコンとドアをノックする音が、忍との想い出に耽っていた夏流の意識を現実へと引き戻した。

かちゃりとドアの開く音に慌てて夏流はブランケットの中に潜り込む。
肌触りのいいその感触を直に感じながら、近づく足音を耳を澄ませ聞いていた。

ぎしり、とベットが沈む感触に豪が側にいる事を知った。

心拍数が跳ね上がり、ドキドキと鳴る音を鎮める事が出来ない。

無言が寝室を覆う中、豪が静かに言葉を紡いだ。

「…バスルームに着替えを置いている。
ここにバスローブを置いておくから、ゆっくり入って来るといい。」

「…」

「出たら君をマンションまで送るよ。」

「…」

だんまりを押し通す夏流に豪は苦笑を漏らしながら、その場を去った。

豪がいなくなったベットの感触に、夏流は緊張を解き、ふと、気を緩ませる。
寝室に完全に豪がいなくなった事を見計らい、夏流はベットから起き上がり、豪が置いていったバスローブに腕を通し、
恐る恐る寝室を出てバスルームに入り込む。

バスタブにはお湯が張っており、優しい薫りが夏流の鼻孔をくすぐる。
それがバスキューブをお湯に溶かした所為だと知った夏流は、豪のさり気ない心遣いに心が跳ねた。
グリーンアップルの薫りを漂わせる乳白色のお湯に浸かりながら、夏流は目を瞑り暫しその感触を堪能した…。

バスルームから出て、置かれている着替えに夏流は言葉を失った。

水色の淡い花柄のAラインのワンピースに、オフホワイトのカーディガン。

下着についてはどうしてサイズが解ったのかと考えに考え、それが昨日の行為で知ったのでは?と思った途端、
顔を真っ赤にさせたと思えば、昨日の豪との行為が目の前に浮かび蒼白になる、と言う何とも忙しい状況に夏流は陥っていた。

入浴を終えどうにか気持ちを持ち直し着替えを終えた夏流は、豪がいるリビングに入った。

豪はソファに座り雑誌に目を通しながら、コーヒーを飲んでいた。

夏流が入って来た事を知った豪は、すと立ち上がり、キッチンにて用意していたマグカップにコーヒーを注ぎ、夏流の目の前に差し出した。
ブラックで済まない、と一言添える豪の表情はどこまでも優しかった。

豪からコーヒーを受け取りながら夏流は、改めて豪の容貌に目を注いだ。

彫りの深い顔に、いつもはセットしている黒髪が無造作に流している。

身体にフィットした黒いセーターにインディコブルーのジーンズをはく豪の姿は年齢よりも若く見えた。

背も忍より高く、体つきも忍よりも逞しくて、そして…。

彼は忍の義兄だけど、それ以前に一人の大人の男性なんだ、と夏流は豪を見つめていた。

まだ何も始まってはいない…。


だけど確実に2人の間に何かが動き出した事に、豪と夏流は知る由もなかった…。




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