Act.4 恋情





シャワーの蛇口を捻る音がバスルームに響く。

熱いシャワーを浴びながら豪は先程の夏流との出来事を思いだしていた。








「こんな事になるとは思わなかった。
俺は…」

夏流の雪の様に白くまろやかな肢体が、豪の脳裏に焼き付き打ち消す事が出来ない。
震える瞳を涙で潤ませ、全身をほんのりと赤く染める肢体は、豪の理性をかき乱すには充分であった。
今でも自分の中に沸き上がる男としての本能が、夏流を求めている。

「夏流…」

愛おしい人の名を呟きながら豪は長い間、シャワーを浴びていた…。

シャワーを浴び終えた豪はバスローブに身を纏い、そして書斎に入り、サイドボードの中に並んでいる一本のブランディーを取り出し全を抜く。
からん、氷の音を鳴らすグラスをぼんやりと見つめながら豪は、自分にかかって来た一本の電話を思いだしていた。

「坂下さん。
藤枝君が、私に金銭の前借りを要求してきた。」

最初、夏流が働いている工務店の社長から電話があった時、その内容をどう考えればいいのか一瞬、戸惑ってしまった。
それ程、電話の内容が夏流の性格にそぐわない事柄だった。

(何が一体あったんだ…?
夏流が前借り?
生活に困窮しているとは思っていなかったが、だが、しかし)

思案に暮れて返答しない豪に、社長は更に言葉を続けた。

「理由を聞くと、どうも叔母夫婦が騙されて、保証人として借金の取り立て屋に絡まれているらしいんです。
金額を問いただしたが、それ以上は口をつぐんで…。
彼女は貴方が推薦しただけあって、性格も真面目だし、何よりも仕事熱心だ。
それに母親の事を聞いて私は、彼女がいじましくて…。

坂下さん。
どうにか彼女の力になって欲しい。
お願いします。」

何度も繰り返し紡がれる言葉に、豪は夏流がどれだけ職場で信頼を得ているかを感じ入っていた。
そして、それ以上に夏流の行動が心配になった。

彼女の事だ。

叔母夫婦を助ける為に、どんな事でもするだろう…。

自分を犠牲にしてでも。

直ぐさま豪は、夏流の身辺の調査をし始め、借金の金額と夏流の動向をうかがった。
案の定、夏流は夜の仕事に身を染めようとしていた。

短期で金額を得る事が出来ると踏んだんだろう…。

夏流の性格では、その仕事が何を要求させられ、どんな風に身を落として行くかは理解はしてないはずだ。

止めなければ…!

その前に夏流の借り入れた金額を精算しないといけない。

豪は携帯を背広のポケットから取り出し、ある人物へ連絡した。
何度目かのコールに出たその人物は、携帯越しに苦笑を漏らしながら豪の内容を聞き入っていた。
自分の依頼を快く引き受けてくれた事に短く礼をいい、携帯を切った後豪は直ぐさま、夏流が働こうとする場所へ赴いた。

その店に着いた時、豪の視界を奪ったのは、男に絡まれる夏流の姿だった。

普段の夏流にはそぐわない化粧、身体のラインがはっきりと解るワンピース。

そして酒を無理矢理飲まされ、意識が朦朧とする夏流の身体をまさぐる男の様子に豪は己の体が冷めて行く感覚に陥った。
握る拳が震え、爆発しそうな感情をどうにか鎮めながら夏流に絡む男の手を遮り、男から夏流を引き離す豪を、
罵倒する声が店中に響き渡ったが、バーのマスターが客を戒め、豪に夏流を連れて行く様に促した。

夏流を腕に抱きマンションの寝室に運んだ豪は、そっと夏流を寝かしつけた。

「夏流…」

額にかかった髪を梳き、じっと夏流の様子を見つめながら豪は、何故、夏流をこんな風になるまで気付かなかったと己を責めていた。

彼女にはいつも微笑んでいて欲しかった…。

そう思ってずっと見守ってきた。

彼女が何時かまた忍と出会い、幸せになる様を見たくて。

自分の恋情を押しとどめてもなお、忍と夏流の幸せを願った。

彼女の人生の傍観者としてずっと影で見つめて行くはずだった。

それが…!

夏流が自分の要求を断っても、忍との想いを大切にする気持ちが愛おしかった。

だが、それ以上に俺は忍に嫉妬した。

未だに彼女の心を捕らえて離さない人物である忍に…!

矛盾したモノだ。

あれだけ心の中で忍と夏流の幸せを願いながらも、実際それを目の当たりにするとこうも心が乱される事に、俺は戸惑いを隠せなかった。

そして夏流が取引に応じた事に、俺は心の中に暗い灯火が宿った事を知った…。




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