Act.3 取引(R18) 深く合わさる口内からくちゅり、と舌が絡まる音が脳髄に響き渡る。 自分を抱きしめる手がいつの間にかワンピースのファスナーを下ろし、ブラのフォックを外す。 豪の手が背中の感触を味わう様に、緩慢な動きで触れていく。 その感触に、激しい羞恥心と、それ以上に体中に駆け巡る恐怖心が夏流の神経を圧迫させていた。 指先が震え、抵抗しようにも動かす事が出来ない。 がたがたと震える夏流の様子をちらりと、見つめながら豪は背中から肩に手を移動させワンピースをずらしていく。 既に上半身は何も纏ってはおらず夏流は豪に裸身を晒していた。 唇が離れ頬から首筋にかけて舌と口が触れ、時折、翳める熱い吐息が肌を粟立たせる。 自然と零れる抵抗の言葉に、豪は囁く様に夏流に問いかける。 「では、俺の言う事を聞いて素直に融資を受け入れるんだ。」 その言葉を聞く度に夏流は頭を振り、硬く目を瞑り豪の行為を受け入れて行く。 (この行為を我慢したら、お金が手に入る。 多恵ちゃんを助けられる。 1400万なんて、一日で稼げる金額ではない。 それに自分にそんな価値があるとは思えないけど、彼は支払おうとしている。 そう、これは取引なのよ。 坂下君とのあの出来事を、想いを踏み潰す事は絶対に出来ない。 喩えもう彼に出会う事がなくなっても、それだけは絶対に! だから…) 硬く瞑る目には涙が滲み溢れていた…。 一瞬、自分を触れる感触が遠のく感覚に夏流は硬く瞑っていた目をうっすらと見開き、豪を見つめた。 その目が訴える感情をどう例えばいいのだろうか…。 彼は確かに、私に性的な感情をその瞳に強く訴えている。 熱い眼差しで、強い劣情を私に抱いている…。 だけどそれ以上に、彼から発する感情をどう見つめればいいのだろうか…? 豪の瞳が上半身、何も纏っていない自分の身体を見つめている事を知った夏流は、腕を胸に寄せるがその動きを豪によって制させる。 遮られていない片方の手で、豪はゆっくりと夏流の身体の線を辿って行く。 慌てて目を瞑り顔を真っ赤にさせ、震える唇に指が触れ、頬に、項に、胸の谷間に指が動いていく様を豪は熱の籠った瞳で じっと見つめていた。 「…綺麗だ」と言うつぶやきに、全身を羞恥で赤く染める夏流の姿に豪の理性は完全に奪われていた。 夏流をベットに押し倒した豪は荒々しく唇を奪った。 忙しく動く手が、自分を捉えて離さない激しい舌の動きが夏流のぎりぎり迄保っていた理性に新たな恐怖を芽生えさせ、 忘れかけていた「あの」出来事を思いださせる。 忍に強引に身体を奪われ、心を踏みにじられた出来事を…。 豪の手が下肢に触れた途端、夏流は目の前が暗く染まり思考が奪われた。 脳裏に、忍の、自分を奪う行為が、冷たい言葉が響き渡る。 足をばたつかせ、何度も何度も頭を振り抵抗する夏流に、豪は動きを止め夏流の顔を見つめた。 夏流の瞳には既に何も映されていなく、泣きじゃくりながらうわごとの様に言葉を紡いでいた。 「お願い、止めて、坂下君…。 いや、誰か助けて…! いや、いや、止めて! お願い、坂下君。 いやあああああ!!!」 夏流の正気を失った様をどうにか鎮めようと、豪は力の限り夏流を抱きしめ、耳元で優しく囁く。 大丈夫だ、と何度も何度も耳元で囁き、髪を優しく梳き、暴れる夏流が落ち着く迄豪はずっと抱きしめていた。 どれくらいの時間が経過したのであろうか…? 夏流の目に正気が戻り、嗚咽が収まる様を感じ取った豪はゆっくりと夏流から身体を離した。 身体にかかる重みが温かい体温が引いて行く様に夏流がぼんやりとしていた思考を覚醒させる。 ふう、と息付き夏流の額にかかる髪を梳きながら豪は夏流に言葉をかけた。 「…もう、いい。 これ以上は無理だよ、君には。」 豪の言葉に反応した夏流が、かぶりをふり豪の腕を掴む。 そんな夏流の指を解き、ゆっくりと引き離す。 「解っただろう? 君には無理だ。 君は…、男を受け入れる事が出来ない。 そうだろう…?」 豪の言葉に息を飲み何も言葉を紡ぐ事が出来ない。 そんな夏流の様子に苦笑を漏らし、目を細め見つめ返す。 「過去に忍と何があったかは、今の君の様子で大体想像がつく。 それでも、君は俺に抱かれようとした。 君とってどんなに叔母夫婦が大切かは解ったよ。 …。 俺の融資を素直に聞きたまえ。 君にとってそれが忍との想いを穢す事になると考えているが、そうではない。」 「…」 「忍があの時、どんな想いで君と別れたか、君だって解っているだろう?」 「だから、私は…!」 「だから、だよ。」 「…」 「君には幸せになって欲しい。 これは忍も、そして俺の何よりもの願いだ。 その願いに君は応えてくれないのか…?」 「坂下さん…」 「もう、今日はゆっくり休みなさい。 君には酷い事を要求した。 済まなかった、君を追いつめて。」 「…」 「お休み。」 パタンと扉が閉まる音がベットルームに響き渡った。 豪が出た途端、夏流は一気に感情が爆発し、嗚咽を漏らし始めた。 何が悲しいのか、解らなかった。 ただただ、涙がこぼれ抑える事が出来なかった。 所詮、自分は何も出来ない。 綺麗ごとを言っても、最後には融資を受け入れる事しか出来ない。 心の中で翳める思いが、更に夏流を追いつめた。 (坂下君、ご免なさい。 ご免なさい、最後の最後で、貴方の想いを、あの出来事を私の利己的な事柄に利用してご免なさい…!) 夏流の泣き声が、ドア越しに立っていた豪の耳に深く突き刺さる。 握る指先が手のひらに食い込み血が滲み出る。 目を瞑り、唇を噛み締めながら豪は、夏流の嗚咽が収まる迄、その場を立ち去る事が出来なかった。 |