Act.35  再会 その7




「許さない…」

「忍…」

「俺はあんたを絶対に許さない!」

憎しみを余す事無く自分に注ぐ忍に、豪は目を逸らす事なく静かに見つめる。
そしてゆっくりと忍に言葉をかける。

「それは当たり前の感情だ、忍…。
俺を憎めばいい。
だが、夏流にはその感情を向けないでくれ。」

豪の言葉に忍の表情が更に険しくなる。

「あんたには言われたく無い!
夏流は…、俺が幸せにする。
あんたには絶対に渡さない!
どんな手段を使っても俺は夏流を取り戻す。
そして俺がこの手で夏流を幸せにする…!」

「…」

「あんたは自分の立場を解っていない…。
夏流に手を出す事がどんな混乱を招くか、解っているのか?
美樹さんとの婚約を解消して夏流を妻に迎える…。
そんな馬鹿げた事、出来るはず無いだろう?
もう婚儀迄、半年も無い!
それに夏流は「坂下」の後継者の妻にはなれない…。

あんたはそれを知っていて、夏流に手を出した!
夏流を愛人にするつもりか、あんたは。
最低だよ…」

冷ややかに言い放つ忍の言葉をじっと聞き入れながら、豪はふと微笑んだ。
自分を哀れむ様な豪の視線に忍は、低く呟く。

「なんだよ、その目は。」

「…確かに俺は忍に対して最低な事をした。
フェアではないやり方で、夏流の気持ちを掴んだ。」

「何が言いたい…?」

「…忍。
その想いでは夏流の心を掴めない。」

「…!」

「夏流が求めているのは深く包み込む想いだ。
お前の感情をそのまま夏流にぶつけても、夏流はお前に心を開かない。」

諭す様に言葉をかける豪に忍の感情が一気に爆発する。
豪の元まで歩み寄り、胸ぐらを掴み殴りつける。

「あんたにそれを言われたく無い。
あんたには…!」

感情の赴くまま自分を殴りつける忍に、豪は抵抗をせず身を任せた。
唇が切れ口内に血液独自の匂いが広がる。

がたんと言う音に、社長室で何か起きたのでは?と隣の秘書室で控えていた楠木が、ノックをし中に入ろうとする様子に
豪はそのまま秘書室にいることを伝える。

一切抵抗せず忍の感情を受け入れる豪の態度が、忍の神経を逆撫でる。

「どうして抵抗しない…?
ああ、あんたは慈愛の塊の様な男だから、俺を哀れんでいるのか?
それが気に食わないんだよ!

もっと感情を出せよ。
殴られて痛いだろう…?

ははは、なあ、そうだろう…?」

自分を責め殴る忍の瞳に涙が溢れている。
その様に自然と豪は涙を流した。

「忍…」

「どうして3年前、あの言葉を俺に言ったんだよ…!
あの時から既に夏流を愛していたんだろう?
それなのに俺の気持ちを尊重して言わなかった。
じゃあ最後迄、その想いを貫き通せよ!」

「そうだな…」

「あんたが憎いよ…。
3年前、倒れた自分が今は腹立たしい。
あの事が無ければ、夏流とあんたは出会う事が無かった…!」

「忍」

「目覚めるべきではなかった、俺は。
こんな思いが自分の身に起こるのなら、俺は…。
心を閉ざしたまま生きていた方が良かった。
そうすれば、夏流に再会する事も、夏流を愛する事も無かった。
こんな身を引き裂く感情に捕われるのなら…!」

忍の悲痛な叫びに豪は初めて抵抗する。
自分を殴る忍の腕を掴み、忍に視線を注ぐ。

「それは違う、忍!
お前は目覚めなければならなかった。
前に進む為に、そして誰よりも幸せになる為に…」

豪の言葉に忍が一瞬、目を見開く。
そして自虐的な笑みが忍の顔に浮かぶ。

「先に進む為…?
ははは、確かに俺は目覚めなければならなかった。
夏流を解放させる為に。

だけど、幸せは目覚めても俺の手に入らない。
俺の幸せは夏流と共に生きる事だった…。
もう一度再会し、夏流に想いを告げ、そして自分の故郷で夏流と共に生きる…。

それが俺の望む幸せのカタチだった。

だけど、もうそれも無くなった…。

あんたが俺の幸せを奪ったから。
それ以外の生き方は俺には存在しないんだよ。

夏流は俺の全てだった。

愛しているんだ…。

夏流の事を誰よりも愛しているんだ…!」

「…」

「愛しているんだ…」

自分の腕を振り切り、力なく泣き叫ぶ忍の哀しみが豪の感情を圧迫する。

罪が許される事は決して無い…。

なのに夏流を求めるこの強い想いは一体なんだろうか…?

忍の幸せを奪ってもなお夏流に対する愛の深さを、恋情の激しさを豪は改めて思い知るのであった。





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