Act.34  再会 その6




怒りに震える夏流に美樹が静かに言葉を紡ぐ。

「今、貴女がわたくしに行った事を警察に訴えたら貴女、どうなるかお判りかしら?」

目を細めくすくすと鈴を転がす様に嗤う美樹に、夏流は一気に表情を無くす。

「あ、貴女わざと私を…!」を言葉を発する夏流に美樹が声を立てて嗤った。

「ふふふ、本当に貴女って自分に正直で、心を偽れない人ね。
豪さんは貴女のそんな性質に惹かれたのかしら?」

「…」

「貴女は幼い頃から現実をご覧になられて生きてきたでしょう?
なのに夢物語の様な展開を望んでいる。
豪さんと貴女の生きる世界の違い、本当の意味で貴女に教えてあげましょう。
豪さんが「坂下」の後継者である意味を。」

「どういう意味でしょうか?」

「百聞は一見にしかず、と言う事をね。」

嗤いながら夏流に一緒にマンションを出る事を促す美樹に付き合い、夏流は豪のマンションを後にした。
これが自分にとって決定的な決断を下す事になるのを知らずに…。


「楠木君、今日の予定を読み上げてくれないか」

秘書に今日の予定を促していた豪の耳に急に内線が鳴った。
対応する秘書の声が珍しく戸惑っている様に、豪は訝しげに見つめる。

「何かあったのか?」

「…今、総合案内の受付から弟の忍さんがお見えになっているとのご連絡が」

「忍が来ているのか!」

「…はい」

「直ぐにこちらに案内する様に、いや、私が直接出迎える」

「社長?」

そう言葉を切って忙しく社長室を出る豪の態度に楠は言葉を失い、呆然と見つめた…。

(あ、あんな社長初めて見たわ…。
弟の忍さんがここにお見えになるのは初めての事。

坂下家の秘蔵の次男。
一体、どんな方なのかしら?)

うっとりと見つめる受付嬢の熱っぽい視線にうんざりしながらも忍は、豪が来るのを待っていた。

「忍…!」と自分を呼ぶ声に視線を移す。

「兄貴…」

久々の豪との再会に忍は苦い思いを噛み締めていた。

(兄貴から直接夏流との関係を聞き出して、それが本当なら俺は…。)

兄貴を一生許す事が出来ない…。

「どうした、急にお前が会社に尋ねて来て。
京都はどうだ?
あちらでの生活に不自由はないか?」

優しく問う豪の声に忍は心の中で苛立ちを感じていた。
夏流との事が無ければ豪の優しさに何時もなら素直に反応していただろう。

だが、今は…。

この優しさが自分から夏流を奪ったと思うと腹立たしさと憎しみが混ぜ合った感情に駆られてしまう。

自然と声が低くなる自分を他人の如く見つめていた。

「…俺が今日ここに来た理由は兄貴には解っているんだろう?」

何時もと違う忍の声音に、夏流との関係を忍が問いに来た事を察した。

(とうとうこの日が来たんだな…)

解っていた事だが、実際忍を目の前して伝える現実に豪は胸が痛んだ。

(あの笑顔をもう俺には向けてくれないだろう。
尤も信頼していた家族の裏切り、それも自分が心から愛する女性を俺が奪ったのだから…。

罪深い事をしたと思う。
だが、俺も夏流を誰にも渡す事等出来ない。
喩え忍との関係が永遠に途切れても俺は…。

夏流との愛を貫く!)

「…ここでは話せない事になりそうだな。
社長室に案内する。」

表情を崩す事無く穏やかな笑みを浮かべる豪に忍は増々苛立っていた。
余裕すら感じさせられる豪の態度に、忍は思わず目を逸らした。

互いが無言のまま、社長室へと向って行く。

社長室の扉が開き豪が戻って来た事を確認した楠木は、伴って来た忍の姿を見て言葉を失った。

(な、なんて綺麗な青年…。)

自然と頬が赤く染まるのを隠す事無く忍を見つめる楠木に、豪は苦笑を漏らしながら席を外す事を促す。
慌てて表情を改め社長室から出る楠木を確認して豪は改めて忍と対面した。

「…俺と夏流の事を聞きに来たんだな…」

夏流と呼び捨てにする豪に忍は一気に頭に血が上り頬を紅潮させながら豪に突っかかる。
豪を殴りたい心境に陥りながらも忍は気持ちをどうにか鎮め豪に問いただす。

「…美樹さんの言葉を全部信じていた訳ではなかった。
俺は兄貴をずっと信じていた。
兄貴だけは俺を裏切るハズが無いと。

あれだけ俺の恋を応援してくれた兄貴がまさか俺から夏流を奪うとは思わなかった。
だって、そうだろう?
兄貴…。
兄貴は11月に美樹さんとの挙式が決まっている。
結婚を控えている兄貴が、夏流に手を出す訳ないだろう…?」

そういい終えた忍の眼にはいつの間にか涙が溢れている。

「兄貴…。
俺に夏流を返してくれ…!
俺に兄貴を奪わないでくれ…!

かけがいのない存在を俺はもう二度と無くしたく無いんだ!

兄貴!」

忍の悲痛な叫びが豪の胸を深く突き刺す。
自然と滲む涙で視界が歪む。

(大切な存在だった…。
いや、今でも俺にとって忍は誰よりも大切な義弟だ。
だが俺にはそれ以上の存在が心に宿ってしまった!)

「忍…。
お前に許しを請うつもり等毛頭ない。
俺は夏流を愛している。
誰よりも深く愛しているんだ…
だからお前に夏流を返す事等出来ない。

俺は…、これから先夏流と共に人生を歩む!」

静かに語りかける豪の言葉が静まり返った部屋に木霊する。

豪の言葉に深い絶望が宿る。
溢れていた涙は枯れ果て心の中に忍は、豪に対しての憎しみが広がって行くのであった…。





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