Act.33  再会 その5




どうして人は夢をみるのだろうか…?

私はただ、幸せになりたかった。

あの人とずっと一緒にいたかった。

それだけが望みだったのに…。

だけどそれは決して許させる事では無かった…。

「夏流、今日、仕事が終わったら美樹と会う事になっている。
遅くなると思うから、先に休んでいなさい。」

そう言い終える豪さんの言葉に、ぴくりと反応する…。

「起き上がる事が出来ないだろう?
昨日、あれだけ求めてしまったから」

からかいを含めた言葉に一気に頬に朱が走る。

私の動揺を和らげる為に言っていると解っていても、こんな事で和らげる豪さんも大概意地悪だ。

ぷい、と豪さんから顔を背けた。

そんな私の態度にくつくつ笑う豪さんの目が真剣な光を帯びている。
頬に触れ、唇が近づく。

「…ん」

深く唇を奪われ目が潤み涙が滲む様子に、唇を離した豪さんが深く微笑む。

「もっと夏流を愛したいがそろそろ出ないといけない。」

「豪さん…!」

とんでもない事を言い出す豪さんに反応し、上ずった声を出す私に破顔した。

またからかわれた、と拗ねる様に微笑みながら豪さんは寝室を後にした。

パタン、と閉まる音に一抹の不安を感じる…。
もう豪さんとは一緒にいる事が出来ないと一瞬、心に過った考えに思考が奪われる。

(何、考えているの?
昨日、豪さんが言ったじゃないの。
私達の事を坂下家の方に言うって。
私との結婚を進めて行くって…。
だから、大丈夫…)

そう考えていると、サイドテーブルの電話が急に鳴りだす。

何コール目かに留守番設定が作動すると、女の人の声で伝言が入ってきた。
その伝言に私は表情を失った…。

『藤枝夏流さんにお話があって、今、伝言をさせて戴いています。
今日、お昼にお会いしたいと思いますが、そちらに伺っても宜しいでしょうか?
豪さんとの事で重要な話をしたいと思っています。』

そういって録音された言葉に、私は思考を巡られる事が出来なかった…。

ドアフォンの音が鳴る。

時計を見ると丁度12時を差していた。

あの留守番電話の後、直ぐにお風呂に入り着替えを済ませ朝食をとり、部屋の掃除に取りかかる。
シーツを変え洗濯をし、乾燥機にかけアイロンを当てる。

美樹さんとの話し合いが終わって母の見舞いに行こうと考えていたら、急に鳴りだすドアフォンにかの女性が来た事を知った。

豪さんの婚約者である、坂下美樹さん。

豪さんのお父様が最も信頼を置いている部下の娘であり、そして坂下家の分家の令嬢でもある美樹さん。

豪さんとは親戚関係にあたる。

だから美樹さんとの結びつきは「坂下豪」にとってとても大切な事である事も、豪さんが苦笑しながら語った。

「俺が坂下家の血を受け継いでなくても、美樹との子供が坂下の血を受け継ぐ…。
尤も、坂下家にとって大切なのは血族の「血」ではなく、坂下を繁栄させる為の布石の方だけだ。
だから、「門倉」の血を引く俺が坂下家に必要だった」、と…。

複雑に絡み合う豪さんの出生。

朱美さんとは実の兄妹ではない。

そして坂下君とも本当の従兄弟関係でもない…。

衝撃的な事は朱美さんは成人してその事を知ったとの事。

そして坂下君はその事を全く知らない…。

ふううと溜息を零しながら私は、ドアを開ける。

そこにはまさに私が理想と思い描く大人の女性がいた…。

見惚れているとその女性はにっこりと微笑み、綺麗な声で話しかけた。

「初めまして、藤枝夏流さん。
わたくしが坂下豪の婚約者である、坂下美樹と申します。
中に入っても宜しいでしょうか?」

「は、はい…!」

「失礼します」

「…」

リビングに案内して、ソファに腰掛けた美樹さんに紅茶を出す。

「おかまいなく」と短く言い、私に座る事を促す。

そして一言こういった。

「何時迄、貴女達はままごとをするおつもり?」

一瞬、何を言われているのか解らなかった。

惚ける表情をした私に、くすりと微笑み話を続ける。

「何を言われているか、解らないと言ったご様子だけど、夏流さん。
貴女はご自身の立場を豪さんの立場を考えた事があって?」

美樹さんの言葉に、こくり、と頷く。

「では、その立場を解った上で、貴女は豪さんとおつきあいをなさっているのですね。」

「…」

「豪さんとわたくしの挙式が、今年の11月に行われます。
既に各財界の方々をお招きするリストも、式場も決まっています。
そしてその事は忍さんも存じ上げています。」

急に出される坂下君の名前に、体が震える。

「坂下君も…」

「ええ、わたくし達の結婚をとてもお喜びになって…。
わたしくの事を早く、義姉とお呼びしたいと申される言葉に、甚く感動しましたわ。」

「…」

「忍さんはまだ、夏流さんを深く想っています。
夏流さん…。
貴女は貴女が添うべき方と一緒になるのが一番の幸せだと、わたくしは想っています。
忍さんはわたくしにとっても大切な義弟。
その忍さんが夏流さんの事を深く愛している…。
未来の義弟の為にもわたくしは豪さんと貴女の関係を水に流しましょう。
夏流さん…。
はっきり申し上げます。
今すぐ、豪さんと別れて下さい。
貴女の幸せの為に、いいえ。
豪さんを少しでも愛しているのなら、彼の幸せの為に…」

「豪さんの幸せ?
豪さんの幸せは私と共に生きる事だと言ってくれました。
だから…!」

「それが通じると本当に思ってるのですか?」

「ええ…!」

「どこまでも世間知らずな…。」

「…」

「本当に何故、貴女の様な子供を豪さんが愛したのか、わたくしには理解不能ですわ。
忍さんが貴女に惹かれるのは、幼少の頃の事があっての事。
それは考えられる事だと思い、認める事が出来ますが、豪さんとの事は…。
夏流さん、貴女、豪さんに何を吹き込んで要求したのですか?
そうでは無かったら、貴女との関係を持つなんて…!」

「私が豪さんに強要したと言いたいのですか?」

「ふふふ、強要ではなくて、脅迫と申し上げた方がいいのかしら。
豪さんは忍さんの事を殊の外、大切に思っています。
それは坂下の方々も同じですが…。
その忍さんの思い人がその事で要求したら、豪さんは拒む事など出来ない。

貴女…。
叔母夫婦の事で金銭面に困窮していましたわよね。

その事で豪さんが多額の金額を貴女に融資した。
いえ、貴女に譲った。

忍さんとの事で貴女、豪さんに脅迫して身体の関係を要求したのでしょう?」

急に言い出す多恵夫婦の事に、夏流の顔が真っ赤になる。

「な、何を貴女は失礼な事を言うのですか?
私が叔母夫婦の事で、坂下君との事を引き合いに出し脅迫してお金を要求したと言うの?

それだけではなく、豪さんにまとわりついて身体の関係を要求したと言うのですか、貴女は!」

「それしか考えつかないわ…。
豪さんは本当に優しい人だから、貴女の言葉に騙されてのよ。
本当に…、愚かな人…」

ふふふ、と嗤う美樹に近づき、頬を打つ。

パシン、と言う音が静まり返った部屋に響く…。

身体を震わせ頬を紅潮させる夏流に美樹はくすり、と嗤った…。








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