Act.32  再会 その4




幸せ過ぎて涙が出る…。

体中に彼の愛を感じて、甘い声を上げる私に彼の熱情が更に強くなる。

豪さんに愛されながら涙を流す私に気付いた彼が指先で涙を拭う。

「どうかしたのか?」と問う豪さんの声が優しくて私は…。

願わずにいられない。
この幸せを私から奪わないで、と…。

「夏流…」

「幸せなんです…。
貴方に愛されて、貴方が愛おし過ぎてこの幸せを失いたく無い…。

ずっと一人だった。
母が倒れて、叔母が結婚して北海道に行ってしまって、ずっと私は一人だった。
高校卒業を控えた時、母が肺炎を起こし生死を彷徨った時、全身が凍る思いに駆られた…。

このまま、母が亡くなったら私は一人になるの…?

嫌だと何度も何度もかぶりを振った。

涙を流しながら、母の手を握り肺炎が治まる事を祈っていた。

私から母を奪わないで…!
ずっと母が目を覚ます事を夢見ていたのに!

私は、母を失いたく無かった…。

目を覚ます確率なんてもう存在しないのに、でも私は母の生を願った…。

バカよね。

担当医に何度も執刀され最後には頭蓋骨は半分外され頭部は陥没した状態。
最後の手術が施行された時、完全に治る見込みは失われたのに、納得出来なかった幼い私は、何度も何度も、
担当医に泣き叫びながら言ったわ。

「母を助けて…」と。

でもどうにもならなかった。

何時からかだろうか?
目を覚ますと夢見るのは自由だと、その後、私は思う様になった…。

(先生の言う事は嘘。
だって頬に触れると暖かいもの…。
目だって見開いて見ているじゃない。

意識が無いなんて嘘よ。
絶対にお母さんは目覚めるの。
だから、私は諦めない…!)

幼い私はそう信じて毎日、毎日、早く時が過ぎる事を祈っていた。
何時か母が目覚めて笑い合う日を夢見て…。

でもそれは所詮夢である事を私は身を以て知った…。

何年か時が過ぎ、最初、母の見舞いに訪れた人もだんだんと来なくなった。

過ぎゆく時の中で人々が忘れさる母を、私だけはずっと憶えて生きたかった…。

だから、誰にも心を捕われない様に生きてきた。

だってもし、私の心の中に母以外の人が存在したら、誰が母を一番愛するんだろう、って。

私だけは変わらない。
ずっと、側にいる。

なのに、高校の時、坂下君と再会して、そして豪さん、貴方と出会って、私は母以上に大切な人を心の中に住まわせてしまった…。

変化なんて欲しいと願った事なんてなかった…。

ずっとこのままでいい。
そう思っていたのに、なのに、私は望んでしまった。

豪さん…。

貴方と共に生きる未来を…」

「…」

「貴方を好きになって私は欲深くなった。

夢見ていた家庭を…、家族を欲しいと願ってしまった。

好きな人の子供を産んで、家族を作ってずっと愛する人と変わる季節を見つめて互いを想い合い年を重ねていく…。

そんな幸せな夢を望んでしまった」

「…」

「貴方のプロポーズが嬉しかった…。

ずっと望んでいた言葉だったから…。」

そう言い終える私の唇を深く奪う。

抱きしめる腕の中で、何度も「愛している…」を耳元で囁く。

「俺もずっと欲しかった…。

夏流と生きる未来を…!
君と出会い、君を愛してそして、君と愛を交わして…。

ずっと「坂下豪」として生きる事が俺の人生だと思っていた。

「門倉豪」として生きる道を望みながらも俺は、自分の人生を変える事が出来ない事を悟っていた。

いや、全てに諦めていた…。

実の両親と生き別れ、坂下の両親に引き取られ、「坂下豪」として生きる事を強いられ。

只一人、側にいた祖母である路子だけが俺の唯一の実の家族であった…。

坂下の義母が実の息子の様に可愛がってくれたから、坂下の両親が本当の家族だと信じていた。

朱美も俺の実の妹だと…。

だが、俺は知ってしまった。

俺の実の両親の事を…。

そして祖父の事を…。」

「豪さん…」

「知って全てを諦めないといけないと思った。

今、ある俺の人生の為に、どれだけの犠牲を祖母である路子が強いられたかと言うのを知ってから俺は、「坂下豪」として生きる道を選んだ。

幼い頃から親しみ夢見ていたピアニストとして生きる道を、そして心から愛する女性と結婚し、暖かい家庭を築く夢も。

可笑しいだろう…?

日本有数の企業である「坂下」の後継者でありながらも、俺がただ一つ望んだのは愛する女性と共に生き、家庭を築く事だったんだ…。

平凡でありながらも、でも決して手に入る事がない…。

そんなありふれた人生。」

「…」

「君と出会って俺も夢を見たくなった。

願いたくなった。

そしてそれを現実にしたいと思った。

愛している…。

君と出会えた事で、今ある人生が俺にとってかけがえの無いモノだとそう、思える様になった。

君が俺に命を吹き込んだ。

「門倉豪」として生きようとする俺に…!」

「豪さん…」

涙が止めど無く溢れて止める事が出来ない…。

この愛おしい人をどうか、私から奪わないで!

愛している…!

誰よりも彼を愛している。

その日、私は初めて彼の熱情を直に受けた…。

彼の全てを注ぎ込まれた私の身体に命が息づく事になるのは…、そう遅く無い未来の出来事であった。

そして、私は再会する。

もう一人の「私」である彼に…。

そう、私は3年ぶりに坂下君に再会した…。




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