Act.30  再会 その2




綺麗な涙だ…。

感情を隠す事なく涙を流す忍を透流はとても綺麗だと思った。

そして思う。

己の感情のままに生きる忍はある意味、幸せだという事を…。

初めて忍に出会った時から思っていた。
こいつは己の感情に素直だと。

それが時に周りにどれだけの影響を及ばすかという事を本人は自覚していない。

人の感情の機微に疎いのか、それとも今迄の経緯がその感情を欠落させているのかは判らないが、忍は自分に素直過ぎる。
それが今迄通じていたのは、忍の環境が恵まれていたからだろう。
確かに両親を亡くしたあの悲惨な出来事を考えると、そう成らざる得ないと言えない事も無い。

だが、それはあくまでの忍側の事であって、何も知らない他人からはしてみれば忍の性格は傲慢だと言う風にしか考えないだろう…。

事実、俺は忍の生い立ちを知らなかった所為か、忍の感情のままに振る舞う様に嫌悪を感じていた。

少しは人の立場を考えろと…。

そして思った。

素直に感情に出せる生き方をする忍がとても羨ましい、と。

(俺も自分の気持ちに最後迄正直になれたら、夏流の事を諦める事が無かったかもしれない。
今も、夏流との恋を考えると鈍い痛みが心に蘇る事も、ある。
だが忍に出会って、忍の想いの深さに俺は自分の夏流に対しての想いを改めて考えてしまった。

そう思った時、俺の恋は実る事がない、と思い知らされてしまった。

あんな風に自分の全ての感情を壊す程、深く夏流を求める気持ちがあるかと言えば、そこまでの感情は俺の中で育まれていなかった。

夏流を好きで大切だと思うが、忍程の激情を持つ事が出来ない…。)

だから思う。

夏流の心を捕らえた忍の義兄の事を…。

あの頑な夏流の感情を解し心を開かせた忍の義兄が、忍と同じく深く夏流を思っているのではないだろうか、と。

いや、もしかしたらそれ以上にもっと深く、夏流を愛しているのでは…?

(忍の恋情は全てを奪おうとする程、激しい想いだ。
でも、それでは駄目なんだ、忍…!
夏流の今迄の生い立ちを思うと、奪おうとする想いでは夏流はお前を愛する事が出来ない。

解っているのか?

お前の想いは、まだ、「己」が先なんだ…。

3年前と同じく、自分の想いを主張すると夏流の心は永遠に掴む事は出来ない。
それをお前が気付かない限りは、夏流との恋が前に進む事は無い。

忍…。

今がそれを知るべき時に達したのでないのか?

俺は今、お前がその事を知るべきだと思うよ…。

だけどそれを伝えても、感情に走った忍に諭す事が出来るだろうか?
夏流の心を奪った義兄を憎む気持ちで、周りの言葉を受け入れる許容が忍の気持ちにあるとは到底思えない…。

どうしたら伝える事が出来る?

忍…)

思案しているとふと、自分を見つめる忍の視線に気付いた。
透流を表情を見て苦笑を漏らす。

「…済まない、透流。
お前を悩ませてしまったんだな、俺は」

急な忍の言葉に、透流が言葉を詰まらす。

「…忍?」

「俺たちもう3年も付き合う様になったんだ。
透流が俺の事を考えて途方に暮れてる事くらい、いくら鈍感な俺でも判るよ。」

「…忍」

「…どうしても諦めきれないんだ…。

夏流が俺の事を待っていてくれているとずっと信じて、医師になる事を志して、そして何時か故郷に帰って
そこで夏流と共に生きる事を望んで…。

でもそれは俺の考えであって、夏流の気持ちを確かめての事では無い。

透流。

俺はね。

正直、自分よりも深く夏流を想う男が存在するとは思わなかった。

いや、今でもそう思う事が出来ない。

夏流を幸せにするのは俺であって、そうでなければならないとずっと思っていた。
これからもそうだった。

兄貴の事を知る迄は…」

「忍」

「兄貴は…、本当に俺から見ても素晴らしい男だと思っている。
坂下家の御曹司たる立場に驕る事無く、何時も周りに誠実であり、思いやりがあって。
俺には兄貴の、あの慈愛の感情をずっと理解する事が出来なかった。

何故、あんな風に己の気持ちを律してまで周りを尊重するのだろうか、と。

どうしてあんなにも優しく生きれるんだろうか、と。

それがずっと理解出来なかった。

でも、今、夏流が兄貴に心を開いたと知って判ったんだ。

夏流がずっと望んでいた想いは「それ」だと言う事を。

兄貴のあの、包む様に見守る優しい想いが夏流が欲しかった「愛」だと言う事を。」

「忍、お前…!」

透流の自分の呼ぶ声に微笑む。
とても寂しそうに…。

「でも、それを判ったからと言って夏流を諦める事が出来るかと言うと、それは俺には出来ない…。

愛しているんだ…。

俺の愛した方が、夏流にとって自己的な想いだと取られても俺は、夏流を愛している…。
誰にも渡したく無い!

兄貴を想っていると判ったからと言ってそれで引き下がれる程、俺はそんな綺麗な感情等持ち合わせていない。

奪われたのなら奪い返す!

それが全てを無くしても…、もしかしたら夏流の気持ちを永遠に掴む事が出来なくても、俺は…!

俺は自分の感情の赴くままに夏流に気持ちをぶつけたい。

バカだよ、俺は…。

どうしようもなくバカで、愚かで…。

でも夏流を愛している。」

「…」

「愛しているんだ…」

静かに訴える忍に、透流は意を決した様に言葉を紡ぐ。

「お前は解っているんだな、夏流の気持ちも、己の想いのカタチを…。」

「…」

「…忍。

俺は何も言う事は無いよ。」

「透流」

「俺が何かを言ってもお前の気持ちに揺るぎが無いんだろう?」

「…そうだな」

「それでいいと思うよ。
喩え周りが何を言っても傷ついたとしても、俺は…。

俺は忍の事を最後迄見ている。

正しくても間違っていても、俺は最後迄忍を見ているから」

「…透流」

「だから、お前は自分の思うままに行動しろよ。
全てを解っていても止める事が出来ないんだろう…?」

「…ああ」

忍の表情を見て、透流はふっと微笑む。

そして一枚のメモを忍に手渡す。

「ここに夏流のマンションの住所と電話番号、そして今、母親が入院している病院と病室の番号が書かれている。
これをお前に渡しておくよ、忍」

透流の言葉に、目を見開く。

忍の表情に透流が柔らかく微笑んだ。

「夏流は何時も仕事が終わると、そのまま母親の病院に立ち寄る事が日課となっている…」

「…透流」

「うん?」

「有り難う…」

忍の言葉に苦笑する。

「…覚悟は決まっているんだな、忍。」

透流の言葉に揺るぎない返事が返る。

その言葉に透流は穏やかに微笑み忍を見つめた。

(どんな風に行き着くかは解らない。

夏流。

済まない…!

俺には忍の想いを止める事が出来ない。

夏流の今の幸せを考えると、忍との再会は本当は無い方がいい…。

夏流をそのままそっとすべき事なんだと解っている。

だけどこれも夏流と忍の運命。

切って離すことが出来ない、避ける事の出来ない2人の「運命」なんだ…。)

動き始めた忍と夏流のもう一つの運命…。

お互いの道が重なろうとしている未来。

動き出した運命の中で忍との再会が近づいている事に、夏流はまだ気付いていなかった…。

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