Act.2 再会 口内に水を含む感触が感じられる。 ごくり、と喉の鳴る音が頭の中に響く。 ぼんやりとしていた思考がだんだんと覚醒され、目覚めた時にはベットで横たわっていた。 「私は…? 今、仕事の途中のはずでは…?」 「仕事とは何だ? 君が働くべき場所ではないだろう…?」 静かに、だけど不機嫌さを含んだ口調で自分の問いに返事が返っていた。 声の主が誰だろうか?とベットから起き上がると、その人はベットの側に椅子を置き、私を見つめていた。 「え…? どうして、坂下さんが?」 余りにも意外な人物との再会に夏流は一瞬、どう言葉を紡げばいいのか解らなかった。 溜息を零しながら、更に不機嫌な様子を醸し出す豪から発せられる言葉は何処迄も厳しかった。 「君は一体、何を考えているんだ? 俺があの場所にいなかったらどうなっていたか、君は解っているのか? ああいう場所が何をする仕事か、知らないとは言わせない! 知ってて君があの場所で働いていたとは、そんなに金銭に困っていたのか? 何故、頭に過らなかった? 忍や俺に言えば、直ぐに融資の事も解決出来たはずだ。 君が忍と付き合いが無くなったとは言え、それとこれとは別であろう? 忍が知ったらどう思うか、君は解っているのか!」 「坂下君とは、あの時、既に関係が終わっています。 そんな…、彼には言えません! それに坂下さんが言いたい言葉も解ります。 貴方は「それ」を理由に頼れと申されるのでしょう? 私はそんな事で、彼との事を引き合いに出したく無いです…!」 「…」 「仕事に戻ります。 こんな事をしてクビになったら、また一から仕事を探さないといけない。」 起き上がりベットから出ようとする夏流の腕を豪がすかさず掴み、自分に身体を向かせる。 射抜く様に見つめる瞳には普段の豪からは想像出来ない程、怒りに満ちていた。 「行かせない。 君はもう、あの場所で既にクビになっている。 俺が解雇を申し出た。」 冷たく言い放つ豪の言葉に夏流は一瞬、自分の体温が醒める感覚に陥った。 「何を勝手な事をするの…? 貴方に何の権限があって、そんな事をするんですか? 関係ないでしょう、貴方には!」 夏流の冷ややかな視線を直に受け止めながら、豪は静かに言葉を告げた。 「俺はあの店で君を買ったんだよ。」 「え…」 豪から告げられる内容に、夏流はどう思考を動かせればいいのか解らなかった。 (自分をお金で買った…? 彼が…。) 「あの店で君の解雇を願い出た時、君のあの店での借り入れを聞いた。 それを条件に、君はあの店で働こうとしていたんだろう…? その金額分と、君が接客していた客との諍いを治める為の金額も含めて、俺はあの店に支払っている。 俺は君にとって客とは言えないのかな? 君は…、俺の言葉を聞く義務がある。 俺の許可無く勝手な振る舞いをする事は許されない!」 淡々と紡がれる言葉の羅列に夏流はただただ、頭を振るばかりだ。 心に沸き上がる怒りを収まる事が出来ず夏流は豪に反論した。 「いい加減にして下さい! 何、勝手な事を…。 客ですって? 貴方の所為で、私は仕事を無くしたんですよ! 私がどうなろうと貴方には関係ないでしょう? いくらですか、そのお金は! 貴方にそのお金を支払いますので、金額を教えて下さい!」 「…全額で1400万。 あの店での金額が120万、そして君が金融業者に借りた金額が280万、そして…、君の叔母夫婦に1000万、直に融資した。 君の叔母夫婦は融資を躊躇って断ったが。」 豪の信じられない言葉に夏流は目眩を起こしそうなった。 「…君には到底、返せない金額だ。 君に対する俺の要求は、二つ。 一つは今後一切、あんな場所での仕事をしない事。 もう一つは、何も言わずに今いった金額を素直に受け入れる事。 それだけだ…。」 「…嫌です。」 夏流の言葉に、豪は静かに見つめ返す。 「そんなに俺からの融資が嫌か…?」 「…私はそんな事の為に坂下君を看病したのでは無い…。 ただただ、彼に目覚めて欲しかった。 それだけだった…。 なのに貴方の申し出は、私のその想いをお金で片付けようとしているのと一緒です…。 私は嫌…! 喩えどんなに困っていても、貴方達には頼りたく無い。 貴方達に融資を願う事は、その想いを利用した事になるから…! 私は絶対に嫌!」 「…」 「綺麗ごとだと言われても、私はイヤ…! それだけは絶対にイヤです…。」 ぼろぼろと涙を零し泣き叫ぶ夏流を豪は無言で見つめていた。 「…離して下さい…。 私の気持ち、理解して頂けたのでしょう? だからもう、離して!」 豪の腕を振りほどこうとした夏流の身体を豪は自分の胸の中に抱き込んだ。 驚愕する夏流の耳元で豪は掠れた声でこう、低く囁く。 「…どうしても俺の要望に応えられないんだな…」 豪の吐息が耳をかすり、体中にぞわりとした感触が駆け巡る。 抱きしめる腕から逃れようと抵抗を試みても更に抱きしめられ、振りほどく事が出来ない。 「…では、俺と取引しよう…」 「取引…?」 「助けたいんだろう、叔母夫婦を…」 「…」 「君を買うよ、その金額で。 意味は…、解るだろう?」 項に唇が寄せられ、ちくりとした痛みが夏流の神経を覆った。 「一体、何を貴方は…!」 羞恥と…、それを上回る程の恐怖が夏流の心に押し寄せる。 目の前に自分を欲する一人の男が存在する。 信じられなかった。 自分が性的対象として見られている事に…。 それも未だに心に強く存在する人の義兄に…! 仄暗い光を含んだ冷たい瞳に見つめられ、瞬きすらが出来ない。 そんな夏流に豪は近づき、そして強引に唇を奪った…。 |