Act.26  波紋 その6





「そんな風に自分を追いつめないで下さい…」

俺の背中に腕を回し、抱きしめ返す夏流が涙を流しながら訴えた。

「そんな悲しい顔をしないで、豪さん」

嗚咽を零す夏流に俺は頬に両手を添えじっと見つめた。
涙を溢れさせながら俺を見つめ返す夏流に、俺は淡く微笑んだ。

「夏流を泣かせてしまったな…。
済まない事を言った。」

そう言葉を零す俺の唇を夏流がそっと塞いだ。

初めての夏流からの口づけに俺は仄かに頬を赤く染めた。

「…夏流」

「それ以上言わないで、豪さん。
私は、貴方が好きです。
初めて会った時から、貴方の優しい笑顔に心惹かれました。
そして貴方の私に対する愛を知って、私は貴方を愛した。
忍さんではなく、豪さん、貴方を…」

「…っ」

「忍さんに対しては今でも想いはあります。
大切な存在です。
だけど、私が心から求めるのは貴方です。
豪さん…。
貴方が好き。
もっと、もっと貴方と一緒にいたい。
ずっと側にいたい。
だけど、私は子供で、家柄も、容姿も何もかもが貴方にはとても釣り合う存在とは思えない。
こんな何も無い私が貴方の愛を受け入れる資格なんて本当は無いのに…。
なのに、私は貴方の事が誰よりも好きなんです。
豪さん…」

言葉をいい終えないうちに豪さんが私の唇を強引に奪った。

激しく求める彼の唇を受け入れながら、私は背をもっと強く抱きしめた。

「これ以上、俺を喜ばす言葉を言わないでくれ。
夏流の言葉に俺は自分を保つ事が出来そうも無い。」

そういって私の背に片方の腕を回し、膝下にもう片方の腕を入れ抱き上げ、寝室へと向った。

そっと私をベットに下ろし、おいかぶさる様に豪さんが身体を重ねる。

すと両肘を立て、横たわる私の顔を覗き込む。

じっと見つめる視線が余りにも強くて、私はつい視線を逸らした。

きっと真っ赤になっているに違いない顔を豪さんに知られたくなくて…。

そんな私に微笑みながら、私の顔に手を添え、自分に向わせた。

そしてこう彼が告げる。

「夏流…。
俺には生まれた時から、結婚をする相手が決まっていた。
父の一番信用を置いている部下の娘で、美樹と言う女性と…。」

豪さんの言葉を聞いて一瞬、瞼がぴくり、と動いた。
唇が自然と震える。

「彼女が俺を愛している事も知っていた。
俺は彼女を愛する事は出来ないが、穏やかに想い合って生きて行くだろうと思っていた。

そんな時、夏流に出会った…。

最初、夏流と出会った時にまさか14歳も年下の君を愛する様になるとは思わなかった。
君は忍が心の禁衛を壊す程求める相手だから尚更だ。

だが、俺は君を心から愛してしまった。

君の綺麗な笑顔に、忍の為に懸命になる姿に俺の全てが奪われた。

初めての「恋」だった…。」

豪の言葉を聞く夏流の目に自然と涙が溢れていた。

「苦しんだよ。
君を愛する事が忍に対して最大の裏切りになる。
今でも忍は夏流の事を愛している。
そしてその想いを秘め、己の進むべき道に向って生きている。

婚約者の美樹に対してもそうだ。
彼女の想いに応えられない自分に罪悪感を抱いた。

だが、俺は自分の心を抑える事が出来なかった。

この想いが全てを狂わせ、傷つけ、苦しめる事も解っていた。

それでも俺は夏流を求めてしまった。」

「…」

「愛している、夏流。
この想いが全てを無くしても俺は君を愛したい。
この想いを貫きたい。
夏流をこれから先、更に苦しめるかもしれない。
だが、俺を信じて側にいて欲しい。」

そういい終えた豪さんがすと身体を起こし、立ち上がった。

サイドテーブルの引き出しから何かを取り出し、そして私の元に戻って来た。

ベットに横たわる私の背に腕を回し、ベットに座った豪さんに向い合わせる様に身体を起こし座らせた。

豪さんの手から二つの箱が私に差し出された。

小さな赤い箱と、紫の箱だった。

差し出す箱を受け取って中を見てみると、それは指輪だった。

一つは細かい細工を施されたアンティークのアメジストの指輪、そしてもう一つは深く鮮やかな輝きを放つ、シンプルなデザインの
水色の石の指輪だった。

「…これは、豪さん?」

私の問いに、ふと微笑む。

「アメジストは門倉の祖母が俺にくれた指輪だ。
俺が人生を共に生きたいと想う女性に渡して欲しいと言われ渡された。
そしてもう一つの水色の指輪が俺の想いの証だ。」

「豪さん…」

手渡された水色の指輪が入っているケースを豪さんが手に取り、指輪を取り出した。

そして私の左手をそっと掴み自分の元に寄せる。

唇を寄せ薬指にキスを落とし、そして指輪を填めた。

「俺の側に一生いて欲しい。

夏流のこれから先の人生を俺にくれないか?」

豪さんの言葉に目が見開き涙が出る。

愛している人から初めて貰う「永遠の言葉」。

一生、自分にはその言葉が皆無だと思い、生きていた。

心から望んだ言葉が今、愛する人から告げられた。

だけど…。

「豪さん。
私も貴方を愛している。
だけど、私は…」

その後の言葉が紡ぐ事が出来ない。

豪さんに唇を奪われたから…。

そして彼がこう私に言う。

「それ以上の言葉は言わなくていい。
夏流が自分の生い立ちを、俺との立場が違う事を言いたいのも解る。
その全てを俺は受け止めたい。
そして俺を受け入れて欲しい。

夏流…。

今すぐには正直、君と結婚する事は難しいと想う。

年若い君に俺と生きる道を選ばせる事自体、早過ぎると思う。

だが、俺は今も、そしてこの先の未来の夏流が欲しい。

夏流。

俺と共に人生を歩んでくれないか…」

豪さんの言葉に私は自然と頷いていた。

頷く私に豪さんは零れん迄の笑みを浮かべた。

目にはうっすらと涙が滲んでいる。

「俺との道を受け入れてくれて有り難う。

俺は今、誰よりも幸せだ。」

自然と唇が重なりあう…。

求め合う互いの気持ちが絡みあい、私達は互いの愛を確かめ合う様にその後、深く愛した…。

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