Act.25  波紋 その5





「豪さんが着替えている間に、食事の準備をしておきます。
なので…」

泣き止んだ夏流が豪の腕からそっと離れ俯きながら言った。
仄かに耳が赤く染まっている所を見ると、泣いた事に恥ずかしさを感じているのだろう、と豪は苦笑した。

一瞬、不自然な様を夏流に感じた。
さらりと払われた髪から白い項が露になったが…。
目に映る、「それ」が何かは解る。
しかし…。

訝しげな様で思案していると、夏流がじっと、自分を見つめているのを感じた。

「ああ、直ぐにシャワーを浴びて着替えて来る。」

「…豪さん、あの…。」

躊躇いながら話す夏流に豪は立ち止まり、夏流に視線を落とした。

「どうかしたか?」

「やっぱり私、豪さんが食事をされたらタクシーを呼んで帰りますので、後はゆっくり休まれて下さい。」

夏流の言葉に穏やかに微笑みながら話す。

「…明日の朝、送るから、このまま泊まって欲しい。」

「あ、えええ???」

突然の豪の言葉に夏流は真っ青になり、軽くパニックを起こした。

慌てふためく夏流の様を、くすり、と笑いながら、豪はバスルームへと向った。

一人、玄関に取り残された夏流は、途方にくれていた。
普段なら豪の申し出は恥ずかしいけど、嬉しい。
だけど…。

(どおおしよう。
いや、困った、どうしよう!
わ、私、誤魔化せない。
ありのままを話しても、絶対に信じないと思うし、仮に信じたとしても、絶対にバカな女だと思われる。
それよりも、きっと呆れ返るに決まっている。

いや、帰りたい…!

そ、そうよ、夏流。

速攻に準備して、豪さんが着替える間に帰ればいいのよ。

じゅ、準備をさっさとしなくちゃ!)

ぶるぶると震えながら夏流はタッパーに詰めて来たおかずを出し、レンジで温め始めた。
どうにか豪が来る前に準備を終える事が出来た夏流はテーブルにメモを置き、ダイニングからそっと出て、帰ろうとした。

(良かった…。
気付かれてない。
ご免なさい、豪さん。
私やっぱり帰ります…!)

心の中でひたすら謝りながら夏流は玄関のドアを開けようとしたが、ロックがかかっており中から開ける事が出来ない。
ドアノブの下を見ると、内部からも暗証番号で解除される様になっており、夏流は開かない扉の前で、固まってしまった。

(か、帰れない…。
ど、どうしよう…!)

豪に気付かれる焦りが体中に巡り、がたがたと震えていた。

ふと、背後から腕が回され抱きしめられた。

くすり、と笑う豪に、夏流は泣きそうになっていた。

(や、やだ。
知られてしまった。
ど、どうしよう…!)

俯いて何も言わない夏流に、豪が耳元に唇を寄せながら、囁いた。

「夏流の誕生日が暗証番号になっている…」

自分の誕生日が暗証番号になっているんだ…、と普段なら実に喜ばしい事なのだが、今の状況を考えると、そういう感情すら湧かない。
逆に自分の行動を逐一解っていたのか…と思うと豪の方が一枚も二枚も上手だという事を実感させられ、それ以上に自分の考えの浅はかさに
深く落ち込んでいた。

項垂れる夏流を苦笑しながら抱き上げ、豪はリビングへと向った…。

リビングに入った豪はソファに座り、夏流を膝の上に乗せ、逃れない様に背後に腕を回した。
向かい合う様なカタチになり、じっと自分を見つめる豪に居たたまれなくなった夏流は思いっきり目を瞑った。
見つめられる視線の強さに、体が強張り上手く身体を維持する事が出来ない。
豪に支えられていなかったら、その場にすぐ倒れ込んでいただろう…と思う程、夏流は緊張し、動揺していた。

「…どうして、そこまで強情なんだ?
俺があんなにも側にいて欲しいと言っているのに、何故、帰ろうとした。」

「…」

「…。
夏流に大切な話があったから、今日、逢いたいと思った。
だけど今日の夏流を見ていると、俺の側にいたいとは思ってないみたいだな。」

豪の寂しそうな声音に、夏流は目を見開き、思いっきりかぶりを振り否定した。

「ち、違います!
そうではなくて…。
私は、その、豪さんの身体の事も心配で…。
それに…。」

「…話し辛い事があったら、強いて聞こうとは思わない。
俺の身体の事を考えての思いなら気を使わなくてもいいし、言おうともしなくてもいい。
夏流が問われて思い悩む事柄なら、問おうとは思わない。
ただ、帰るのはやめてくれないか?
今日、俺は夏流に逢いたかった…。」

そういい終えると豪は胸の中に夏流を強く抱きしめた…。

啄む様に唇が触れられ、そしてそっと熱い舌が口内を優しく刺激する。
体中に駆け巡る甘い疼きに、夏流の体温が一気に上昇する。
キスによって思考が鈍くなった夏流を見つめ微笑み、豪はそっとソファに夏流の身体を押し倒した。

一瞬、目の前の視界に夏流は混乱する。
ぱちくりと目を見開き、自分の状況に一気に羞恥が走り、顔を赤く染めた。
いつまで経っても初々しい夏流に甘い視線を注ぎながら、豪はまた唇に触れた。

豪とのキスに意識が奪われている夏流に、豪はそっと項に指を逢わせ、ファンデで不自然に隠されている痕を拭い、そして唇を寄せた。

豪が有光に付けられたキスマークに、同じく唇を這わせている事に驚き、夏流は思わずもがいた。

「ご、豪さん、そこは駄目…!」

顔を真っ赤にしながら抵抗する夏流を無視し、豪は何度も何度も唇を寄せ、痕をもっと強く示させる。

まるで自分のモノだと言わんばかりの豪の行為に、夏流は最初から自分の身に何があったのかを知っていた事に酷く狼狽した。

「豪さん…!」

「…どうせ、いたずらをされたんだろう?
たちの悪い男だ…。
いや、俺もそう変わらない。
夏流を忍から強引に奪ったのだからな…」

自虐的に笑い呟きながらキツく項を吸う豪に夏流は言葉を失った。

いつも穏やかで感情を露にしない豪が、感情を吐露し顔を歪ませている。

「豪さん?」と問う夏流の唇を奪い、また深く求める。

「それでも俺は夏流を愛している…。

許してくれ、美樹、忍…」



キスの合間に微かに呟かれたその言葉に、夏流は涙が溢れ豪の背に腕を回し、ぎゅっと強く抱きしめた。



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