Act.21 波紋 「藤枝さん。 君、男が出来たんだね…。」 突如の言葉に私は一緒、心が跳ね上がる程驚き、声の主を疑視した。 何時、豪さんとのデートを見られたんだろう…、と焦った私をすっと目を細め微笑んでいる。 したり、とした表情で。 その視線に、私はからかわれたと思い、顔を歪めた。 相手にしては駄目、と考えた私は言葉の主を無視し、すぐに頭を切り替えて仕事に集中した。 そんな私に苦笑を漏らしながらも視線を落とす。 痛い程見つめられる視線に、私は早く彼が去る事を願いながらパソコンのキーを叩く。 私に視線を送る彼は、有光幸也。 彼は同期で私よりも四つ年上で営業を担当している。 甘いマスクに話術がとても巧みで社交的な彼は、女性に社内、社外でもかなり人気がある。 その所為か、毎回、デートする女性は同じではない…。 そう、彼はとても女性に手が早いと言う噂。 正直、有光さんは苦手だ。 少し、坂下君に似ている。 記憶が無かった時の彼に。 一体、何を考えているのか解らないと言った感じが、特に。 だから今の言葉もストレートに取る事が出来ない。 何を言いたいのか、と。 そう思いながら仕事をこなしているといつの間にか、退社の時間になっていた。 着替えを終え職場を出ようとした私を急に呼ぶ声に私は目を見開いた。 「藤枝さん…」と呼ぶ甘い声に、私は身体中に悪寒が走り心の中で叫んだ。 (絶対に関わりたくない…。 あの声は何か企んでいるに違いない。 どうして私に声をかけるのよ〜!!!) 避ける気持ちが顔に表れたんだろう。 有光さんは苦笑を漏らすのを見て、私はまた表情を歪ませた。 「本当に俺の事が苦手なんだね、君は。 だからもっと絡みたくなる。」 彼の言葉に私は顔を真っ赤にして唇を震わせた。 (な、何言うのよ、この男わ〜!!! あ、相手にしては駄目よ、夏流。 バカを見る迄よ。 さっさとこの場から、離れた方が懸命よ。) 無視して離れようとした私の肩を有光さんが急に掴んだ。 強く握られる手の力に私は顔を顰めた。 「離して下さい…」と言う私に、少し苛ついた声で言葉を投げかける。 「まだ、話が終わっていない…」と言う有光さんの声がとても不機嫌そうに聴こえるのは気のせいだろうか? 何が気に食わないんだろう…、と嘆息を漏らす私に、有光さんは鋭い視線で私を見つめた。 普段の彼とはとても思えない程、剣呑な表情だ。 思わず心の中で、怖い…と思い、体が震えた。 豪さんとの関係で、男性に身体に触れられても前程の恐怖感が出なくなったが、やはりまだ怖い。 震えながら、「離して下さい」と言う私の言葉に何か感じたのだろう。 すっと手が離れて、視線が和らいだ。 そして私にかける言葉に息を飲んだ。 「三ヶ月前、郊外にあるカフェで男と2人で食事をしていたよね。 彼は…、君の恋人なのか?」 豪さんとの事を見られた事に私は動揺しながらも、何とか気持ちを正し、有光さんの言葉に返事した。 「あ、貴方には関係ない事です。」 「…やっぱり、そうなんだな。 彼氏、ハンサムでとてもお金持ちそうだし、それに藤枝さんよりもかなり年が上に見えるけど。」 くすり、と笑う有光さんに、私は何が言いたいのか解らず、だんまりを押し通した。 私の無言に更に言葉を続ける。 「…藤枝さん。 遊ばれてるとは思わないの?」 有光さんの言葉に一気に顔を真っ赤にし、私は強く反論した。 「何が言いたいんですか、貴方は! 関係ないでしょう?」 「関係あるんだな、これが。」 普段の有光さんとは思えない程、硬い声に、顔を上気させ怒りに震えた私の気持ちを一気に冷ます。 そんな私に近寄り、そして私の髪に勝手に触れた。 ぱさり、と言う音が耳に聞こえる。 止めていたバレッタが取り払わせ、かけていた眼鏡が彼によって外される。 一瞬、何をされたか解らなかった。 眼鏡が取り払われた事で有光さんの表情を見つめる事が出来ない。 「返して下さい」と言う私に、身体をかがめ耳元で囁く。 「好きだ…」と。 急に言われる言葉に私はどう反応すれば良いのか解らなかった。 困惑する私に彼の苦笑が聴こえる。 「頑な君があの男の前だと、優しい笑顔で微笑むんだな。」 「有光さん…?」 「ずっと、あの笑顔を見たかった。 この職場に就職して君と再会した、あの日から。」 「どういう意味ですか?」 有光さんの言葉に引っかかりを感じた私は思わず彼に問いただす。 私の言葉にいつもの様に少し人を小馬鹿にした笑みが返ってきた。 耳を疑う様な言葉を添えて。 「諦めないから。」 「え…?」 「君が不幸になるのを解っていて、指をくわえて見ている程、俺も馬鹿ではないのでね。」 「な…! 何を根拠で、そんな事を言うんですか? それに貴方には関係ないでしょう? 私が幸せになろうが、不幸になろうが私が決める事であって、貴方には決定権なんて一切無いはずです!」 ムキになって反論する私に、くつくつと笑い出す。 彼の話術に引っかかったと思った途端、怒りのボルテージが最大値に達した。 上手く言葉を紡げない私に更に笑い出す始末。 かろうじて「眼鏡を返して下さい」と途切れ途切れに言葉を放つのが精一杯だ。 私の言葉に手元にあった眼鏡を私にかけ、そして項に唇を寄せ、キツく吸った。 余りの出来事に体が硬直し、動く事が出来ない。 やっと自分が何をされたかを理解した私は、思いっきり有光さんの頬を叩いた。 パシン、と言う小気味よい音が彼の頬から聴こえた。 ふううと大きく息を吐き、そして私は「最低…!」と言葉を投げ捨て、その場を去った。 背後から言葉をかけるが、怒りで混乱している私にはその言葉が聴こえなかった。 後で知る事になるが彼は、私にこう、言っていた。 「あの男に宣戦布告だと、伝えてくれ」、と…。 |