Act.20 溺れる感情の波の中で…





豪さんと愛し合う様になって、二ヶ月が経った。

週末、どんなに忙しくても豪さんは必ず私の為に時間を作ってくれた。
土曜日の朝、私のマンション迄迎えに来て、そしてそのまま別荘へ。

私達が別荘に着くと必ず絹代さんが満面の笑みで、私達を迎えてくれる。
そして何時も温かい笑みを浮かべ美味しい食事で、もてなしてくれた。

最初、食事の準備をする絹代さんに、手伝いは無用とやんわりと断られたが、絹代さんの料理が絶品なので、
是非教わりたいと願うと、とても喜ばれ今では手伝う事が当たり前の様になっていた。

「私には娘がいないから、夏流さんが料理を習いたいと言う言葉、とても嬉しいの」と言われた時、私は絹代さんに母の面影を重ねた。

もし、母が元気だったら、こんな風に料理を教わって、和気あいあいと話を弾ませて、笑い合っているだろう…。

そう思うと、無意識に涙を浮かべていた。
今にも嗚咽を零しそうな私に、側にいた豪さんがそっと私の肩を抱き、胸に抱きしめた。

急に抱きしめられ、戸惑う私に、穏やかな目で何も言わずにただ、抱きしめてくれる。
彼の腕の中では私は感情を出してもいいんだ…、と思った途端、ぼろぼろと豪さんの腕の中で泣いた。
泣き止む迄、豪さんはずっと私の髪を優しく梳いて、抱きしめた。

「夏流」と優しく囁きながら。

一通り涙を出し切った私の顔を覗き込んで、柔らかく微笑み、そっと唇を寄せる。
最初、啄むように、そしてだんだんと深く求められ、唇が離れた時には私は彼の腕に縋り付いていた。

「豪さん…」と彼の名を呼ぶと、彼は艶やかな瞳で見つめ、また私の唇を塞いだ…。


静かな空間で、私達は互いの存在を確かめ合っていた。

彼の息づかいを肌に感じ、艶やかな声で名前を呼ばれ、いつも激しく求められ、何度も意識を失う程、深く繋がって。

愛される度、自分がどれだけ「女」であるかを彼によって教えられる。

溺れている…。

自分の中にこんなにも激しく、誰かを求める気持ちが存在するなんて思いも寄らなかった。

だからいつも彼との逢瀬が終わる時間が近づく度、胸を締め付ける様な、深い悲しみに捕われる。
今にも泣きそうな様子を察して、豪さんが強く抱きしめる。
そして耳元で囁いてくれる。

「愛している」と…。

低く掠れた声を聴く度に、身体の奥が疼く。

もっと愛されたい。

もっと強く求められたい。

彼とずっと一緒にいたい…。

マンションに帰って、ベットの上でぽつん、と座り込みぼんやりと視線を泳がしていた。
深く愛された身体を抱きしめながら、私はいつの間にか、また涙を流していた。

「幸せなはずなのに…。
深く愛されているのに、なのに、何故、豪さんと離れただけでこんなにも悲しいの??

ずっと一緒にいたい。

彼の側にいたい。
わがままだとは解っている。
いつも側にいて欲しい。
彼を愛している…。

こんな気持ちに捕われるのは初めて。

こんなにも人を請う想いに駆られるなんて…

豪さん…!」

次に逢えるのは週末の土曜日。

社長である豪さんと週末、逢う事が出来るだけでも奇跡だと思っている。

幸せだと思わないといけない。

彼と私の立場を考えると、愛されてる事だって有り難いと思わないといけない。

「坂下豪」

日本有数の企業である坂下財閥の後継者。

それが彼の肩書き。

私とは住む世界も、何もかもが違う存在。

ふと、思う。

何故、私を愛したのだろうか…?、と。

豪さんなら、もっと綺麗で、大人で、そして家柄の良い女性が似合うだろうと。

こんな、14歳も年下で、地味で世間知らずで、身体だって、とても魅力があるとも思えない。

それに心を翳める疑問がいつも燻っている。

「婚約者」

そう、彼には婚約者がいるハズだ。

坂下君との交際の時、確か彼には婚約者がいると言っていた…。

でも彼は何も言わない。

何度もその存在を聞こうとした。

だけど出来なかった。

自分を見つめる瞳が苦渋に満ちている時があるから…。

そして、それ以上に深く私を愛している事が解るから。

だから聞けない。

聞くと豪さんとの交際が終わりを告げそうで。

別れる事なんて出来ない…!

今の私に豪さんの存在は、全てになっていた。

「豪さん…」

愛している。

貴方だけを愛している…。



「楠木君、今日の予定を読み上げてくれないか」

豪の言葉に、日程を読み上げる秘書の声を聞きながら、豪は週末、夏流との別荘での出来事を思い出していた。

夏流を抱いたあの日から、2ヶ月が経った。
絹代との仲もよく、娘の様に可愛がられる様子に微笑ましく見つめていた。

そんな中、急に夏流が涙を浮かべ、肩を震わせながら窓辺にじっと佇んでいる。

絹代に母の面影を重ねた事を察した俺は、そっと夏流の肩を抱き、胸に抱きしめた。

急な抱擁に戸惑いながらも、だんだんと感情を露にする夏流…。

俺に心を預け、涙を流す夏流に愛おしさが溢れ、唇に触れた。

柔らかい感触を楽しみながら、夏流の中に潜む「女」を呼び起こさせる。

俺の中で縋る夏流の目には、既に官能の光が浮かんでいた。

抱き上げ、寝室へ向い、互いの存在を確かめあう。

白い肌を薔薇色に染め上げ、頬を紅潮させ、目を潤ませる姿に煽られる。

俺の名を切なく叫ぶ夏流に、理性が崩され激しく求めた。

愛している…。

何度も夏流の耳元で囁きながら、もっと深く身体を繋げる。

俺の頚に腕を絡ませ、「私も愛している…」と声も切れ切れと伝える夏流に、俺は不意に口角を上げ、顔を歪ませた。

夏流の心は完全に落ちた。

もう俺だけのモノだ。

誰にも渡さない。

忍にも…。

喩え、忍との関係が崩れ去ろうとも、夏流を離すことは出来ない。

ああ、俺にもこんなに深く、誰かを欲する感情があったとは思わなかった。

忍の事を思い、夏流には生涯、想いを伝えようとは思わなかった。

心を引き裂く痛みに耐えてもなお、忍の気持ちを尊重した。

俺の大切な義弟で、ただ一人の従兄弟。

夏流と別れたと告げて、浮かべた笑顔。

そして、あの言葉。

今も夏流に想いを寄せ、自分の道を歩んでいる忍に罪悪感を感じる。

だが、夏流が愛しているのは俺だ。

忍ではない。

だから…。


急に自分を呼ぶ秘書の声に考えを中断させ、曖昧に微笑んだ。

俺の様子に心配げな視線を投げ掛ける彼女に、何事も無いと伝えるが、ここ最近、詰め込みながら仕事をこなす俺の身体を案じたのであろう。
ゆっくりと休む事を促すが、週末、夏流との時間を作る為には、目の前の仕事を処理しないといけない。

「案じてくれて有り難う」と一言、添え俺は書類に目を通した…。




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