Act.19 楽園(R15)





「風の音が聴こえる…」

窓ガラスに吹き上げる風の音で俺は目を覚ました。

まだ夜は開けていない。

ふと、隣に眠る夏流に視線を落とすと、穏やかな寝息が聴こえた。
頬には涙の後が微かに残っている。
頬に指を這わせ、涙のあとを辿る。



昨日…、俺は初めて夏流を抱いた。
夏流を欲する気持ちを抑える事が出来なかった。
夏流が過去にあった忍との出来事で、SEXに対して体が拒否反応を示すのも解っていた。

だから、逆にもっと欲しいと思った。

夏流の気持ちが俺に傾いている事を知った今なら、忍から完全に奪う事が出来ると悟ったから、俺は…。

「夏流…」

そっと唇に指を這わした。

昨日、この唇が俺の名を呼び、求めた。
この柔らかい肢体が俺の愛撫に感じて、俺に絡み、甘い吐息を零した。

改めて夏流を見つめてみた。

均整が取れたすらりとした肢体に、まろやかな胸に雪の様に白い肌。

この肌が俺によって仄かに赤く染め上げ、この肢体が俺の身体に絡み、快楽に涙を流しながら喘ぎ、何度も俺の名を呼び身体を震わせた。

女になった夏流を見た時、過去の残像と忍の存在が、夏流の中から完全に消え去った事を知った。

もう夏流は俺のモノだ…。

そう確信した途端、今迄抑えていた感情が溢れ出し、激しく夏流を求めた。

初めてだった。

理性が狂わされる程、女とのSEXに溺れたのは。

女を抱いた事は何度もある。

俺に婚約者がいる事を知っても、なお、俺を求めた女達。

互いの関係は一時の快楽を共有する事。
割り切った関係だった。
だから溺れる事も、心から欲しいと思う願いも無かった。

美樹に関してもそうだ。

幼い頃から決まっていた間柄だった。
父の尤も信頼する部下の娘で、「坂下」をより強固にするが為の婚約。
美樹が俺に幼い頃から恋心を抱いている事は知っていた。
だんだんとその想いが愛に変わっている事も感じていた。
だから結婚する迄は美樹を抱こうとは思わなかった。
それが俺が美樹に示す事が出来る愛情のカタチだった。

美樹が願う程に、俺は、生涯、彼女を愛する事が出来ないと解っていたから…。

思いあい、静かに穏やかに時を過ごす事が出来ても、恋情に捕われる事が無いと解っていたから。

そんな時、夏流に出会った。

最初、夏流をあった時、自分が14歳も年下の彼女に心が奪われるとは思わなかった。
だが、忍の看病をする彼女の真摯な姿に、あの優しくて綺麗な笑顔で俺に微笑んだ時、俺の全てが一瞬にして奪われた。

衝撃だった。

自分の感情が未だ嘗て無い程、乱された事に、そして、己の理性が狂わされた事に。

感情に捕われる事等、一生、無いと思っていた。

夢を断たれた時にも感じなかった、衝撃。

初めて心の奥底から、夏流を欲しいと思った。

彼女の心を、身体を、全てを俺のモノにしたいと何度も思った。

だが、忍が夏流を心の禁衛が崩壊する程、愛していた事を知ったから。

夏流が忍に想いを寄せていた事を感じたから、俺は、彼女を見守り、想いを伝える事も無く、静かに人生を歩もうと決めていた。

だが、運命とはどう、転じるか解らないモノだ…。

今、俺は尤も望むカタチで夏流を手に入れた。

「夏流…」

唇に軽く触れる。

触れた途端、甘い吐息が夏流の口から零れる。

未だに俺との快楽の余韻の所為で、身体が反応していると思うと、笑みを抑える事が出来ない。
身体を抱き寄せると、伝わる熱の温かさに反応し、もっと身体を密着させる。
夏流の可愛らしい仕草に、愛おしさが増すばかりだ。

ふと、起き上がろうとした俺に反応した夏流が目を覚ました。

身体に伝わる熱を求めて俺を追う姿に、笑みを深くしながら夏流に言葉をかけると、一瞬、自分の状況を把握出来てなかったんだろう。

顔を赤らめ、背中を向け、俺に視線からその身を隠した。

夏流の初な反応に、俺は苦笑し、つい、からかいたくなった。

背後から抱きしめ、夏流の様子を見つめる。

身体を震わせ、耳迄赤くする可愛らしい夏流の反応にまた熱が灯る。

「夏流…。
君を愛している。」

声を震わせ、君に愛を囁くと、君は俺にこう伝えてくれた。

「私も貴方を愛しています…」

その言葉に俺は、年甲斐も無く涙が滲んだ。

君にその事を悟られたく無くて、俺はもっと君を求め深く繋がった。

この愛が何時か、全ての均衡を奪うだろう。

君との道は開かれるだろうか…?

君を求める事がどんな意味合いを含むか、解っている。

大切な存在を一生、無くすかもしれない。

今まで築き上げた「坂下豪」の全てを無くすかもしれない。

だが、俺はこの想いを貫きたい。

夏流…。

愛している。

ただ、君を愛している。

これが今、俺の中に存在する感情の全て。

夏流を強く抱きしめながら、この先起こりうる運命の扉を、俺は静かに開いていった…。



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