Act.1 運命のいたずら





その日、叔母である多恵からの電話が私の日常を急変させた…。

「お願い、夏流…。
私達を助けて欲しいの!」

夫である佑司さんが恩師の借金の連帯保証人となり、その恩師が返済に困窮した挙げ句、夜逃げをして全ての借金を
佑司さんに押し付けた事が発端だった。

サラ金業者がマンション迄取り立て、何度も催促を促すので借金返済の為にマンションを抵当し、預貯金を全て使っても
まだまだ返済額に満たされず、困りに困った多恵ちゃんが私に泣きついてきた。

今迄、どんな事があっても何も言わず、笑って頑張っていた多恵ちゃんが、私を頼る事がどんな意味を含んでいるか、
私には痛い程解っていた。

だから、どうしても私は助けたかった。

「今の自分の貯金が200万、それにお母さんの保険金をいくらか当てたら…。
でも、まだまだ返済額には足りない。
お金を借りるにしても限度額があるし、借りても今の給料から考えると月々の返済額も限られてくる。
職場に前借りを申し出ても、多分、借りられる金額なんてたかが知れている。
どうしよう…。

どうしたら、いいの。

どうしたら…」

社会人になって二年、今の職場は色々と優遇されて、私にとっては働きやすい職場であった。
仕事も定時で終わり、週休二日で給料もこの不況の中、そこそこ貰っている。
だけど、それでも借りる金額を考えるとこのままでは駄目だ。

だとすると…、働くしか無い。

どこで?

どうすれば多く稼げる?

どうすれば…。

求人雑誌を集め目を通しながら見つかるのは、そう、夜の仕事だった。
時給も高額で時間も短時間と言う仕事を見つけた時、躊躇する事なく電話を入れていた。

そう、もっと働いて稼がないと…!

そうしたら返済額迄の金額を借り入れする事が出来る。

多恵ちゃんを助ける事が出来る…。

多恵ちゃんは私にとってもう一人の母親とも言うべき存在。

悲しむ顔を見たく無い。

私とお母さんの為に、自分を犠牲にして佑司さんとの結婚も諦めかけていて、やっと結婚して幸せな家庭を築いていたのに、どうしてこんな事になるの?

どうして神様はこうも不平等なんだろう。

生と死は皆、一緒で平等であるといいながら、では、幸せと不幸の度合いは皆、平等ではないのだろうか?
涙が溢れて止める事が出来なかった…。

一通り泣いた後、夏流はバイト先に行くべく準備に取りかかった。



鏡に映る自分を見て夏流は深いため息が出た。

普段の自分とは想像出来ない程のメイク、ボディラインを強調する衣装。

昨日、面接を受け採用が決まった。

週5日、夜9時から夜中の一時まで。
そういう場所に行った事も無く、ましてはお酒等、今年成人を迎えても、1、2回しか飲んだ試しがなかった。
そんな私に出来る仕事かという事に不安は押し寄せて来たが、でも、泣き言等言ってられなかった。

頑張るしか無い。

そう心に決めてバーに行けば、そこは私が想像をする事が出来ない程、生易しい仕事ではなかった。

「ほら、勧めるお酒を飲めなくては駄目だろう?」

初めての接客で、客にお酒を勧められ困惑する様子を見て楽しんでいるのか、しつこく酒を飲む事を促される。
口に含み、一気に吐き気が体中に充満する。

お酒なのかそれとも、側にいる客の所為だろうか…?

自分を値踏みする視線が堪らなく、すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られる自分をどうにか押しとどめるのは、多恵の事であった。

(駄目よ、夏流。
こんな事で、泣き言を言っては。
自分が決めた事でしょう?
仕事なんだから!
でも…)

身体を引き寄せ、肩を抱く客に、流石の夏流も抵抗したが、含んだ酒に酔い、思考が鈍くなっていた。
そんな夏流の様子を知ってか、薄笑いを浮かべもっと夏流の身体に触れ柔らかい感触を楽しんでいる。
このままでは駄目だ、とだんだん意識が遠のく中、客の罵倒が近くで聞こえる。

誰かが、自分を抱き上げている…?

微かに薫るタバコの匂いとコロンの薫り。

ふわりと中に浮いた感覚が一瞬、思考を覆ったが、直ぐさま、それも遠のいて行った…。



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