Act.15  蜜月 その2





駐車場で待っていると、豪の車が目の前に止まった。

「待たせたかな?」と車から降りた豪に声をかけられ、頭を振り否定する。

ちらりと、今日の夏流の装いを見て、豪が満足げに微笑んだ事を夏流は知らない。
車に乗り行き先を尋ねる夏流に、豪は軽く片目を伏せる。
行けばわかる、と言う豪の声は何処か楽しげで、夏流は自分だけが知らない事に少し不機嫌になった。

夏流の様子を見て、苦笑を漏らす。
豪の笑い声に、「だって…」と言葉を漏らす様子が、豪にとっては堪らなく可愛い。
そっと、頬に手を添え、軽く唇にキスした。
一瞬の出来事に夏流は、口をぱくぱくする事しか出来ない。

一気に羞恥が走り、「な、何を急に…」と、抗議の声を上げるのが精一杯だ。
夏流の初な様子に、豪はくつくつと声をたてて笑う始末。
豪の笑い声にますます不機嫌になり、そっぽを向いて豪の視線を逸らした。
夏流との甘い一時に、豪はこの上も無く幸せを感じていた…。

ふと、夏流を見つめながら、考えに捕われる。

(夏流…
俺が今、どんな気持ちか君は解るだろうか?

この想いが君に届くとは思わなかった。
生涯、君との関わりがない道を歩むと思っていたから。

だが、今、君は俺の側にいる。
俺に心を預けようとしている。

俺を愛し始めている…。

そう感じる俺は、とても幸せだと…。)

側に夏流がいて感じる幸せ。

豪は忍と美樹の事を思うと、時折、この幸せを願う自分に罪悪感を感じる。

だが…。

鈍い痛みを心に抱えながらも、今あるこの幸せに身を任せていたい。

夏流を心から愛したい…。

何時か、彼女との別れが訪れるまで…。

夏流。

俺の愛は、生涯君だけのものだ。

君を愛している…。


「豪さん?」と言う夏流の声に我に帰った豪は、淡く微笑んだ。

その微笑みに、一瞬、不安を感じた夏流は豪の腕に軽く触れた。

「どうした?」と夏流を気遣う豪に、「何でもありません…」とただかぶりを振るだけ。

そんな夏流に「もうすぐ着くから」と言葉をかけ、あの深い瞳で見つめた。

着いた場所は、山沿いにある一件のログハウスであった。
降りる事を促され、ドアを開き中に入ると、トンボ玉の作品が展示されていた。

「ここは…?」と、豪に尋ねると、隣の部屋から男性が現れた。

「久しぶりです、豪さん。」と声をかける男性に、豪が破顔する。

「急に尋ねて済まない、葉山。」と声をかける豪を訝しげに、夏流は見つめた。

夏流の視線を感じた豪は、笑いながら葉山の事を紹介した。

「こいつは俺の高校時代の後輩で、トンボ玉作家の葉山だ。
夏流が昨日、今日と付けているトンボ玉のペンダントを見て好きだと思い、ここに連れて来た。
沢山、作品があるからゆっくり見れば良い。
何か欲しいと思う作品があれば、遠慮なく言ってくれ。
いいだろう?
葉山。」

豪の言葉に苦笑を漏らしながらも、頷く。

夏流は展示されている色とりどりの美しいトンボ玉の作品に、うっとりと魅入っていた。

眩しい笑顔で作品を見つめる夏流に注がれる豪の視線は、何処迄も優しかった。

豪の表情を見て、葉山がまた苦笑を漏らす。
「豪さん」と声をかけられ我に戻った豪は、葉山のからかいを含めた視線に、苦笑いした。
逃れる様に夏流に「どれがいい?」と声かける姿に、葉山が、くつくつと笑い出す。
一緒に作品を見ながら、「全部素敵過ぎて、悩みます…」と溜息をつく夏流が愛らしい。
余りにも悩む夏流に「では、葉山にデザインを頼んで作って貰えばいい」と豪は提案し、どんなデザインで色合いがいいか尋ねる。

悩みながら慎ましく、「ラベンダーの花柄のトンボ玉が欲しい」と小声で言う夏流に、また豪がくつくつと笑い出す。

「そういう事でお願いする」と豪は葉山に言うと、「では一週間後にチョーカーとして仕上げますので、またいらして下さい。」と返答した。

葉山の工房を後にしながら、夏流は豪の細やかな優しさに心が温まる。

「素敵な作品を沢山見れて、とても嬉しかったです…」と声を弾ます夏流に、深く微笑んだ。

車を走らせる豪に、今度は何処に行くのかを尋ねると、少し視線を泳がす様に夏流に微笑んだ。

豪の素振りに頚を傾げる。

夏流の様子に、豪はくすり、と笑った…。


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