Act.14 蜜月 朝、目覚めた時、今迄の自分と違う事に夏流は微笑んだ。 今日、午後からまた豪に会うと思うと、心臓が早鐘を打って治まりがつかない。 (今日、豪さんとデート…なんだ) そう思った途端、一気に頬が上気して気持ちがあたふたする。 真っ赤になっている今の自分を鏡で見つめ、夏流はくすり、と笑った。 どうにか気持ちを引き締め、デートに着る服を選び出した。 「何を着よう。 えっと、やっぱり女らしくワンピースかな? それとも。」 悩みだすとますます纏まりがつかなくなり、焦るばかりだ。 ふと、クローゼットを見て、あの時豪に準備されたワンピースを見つめた。 水色の花柄で、素材が上質で肌触りが良くて…。 これにしよう、と夏流はワンピースを見て、にっこりと微笑んだ。 午前中に母親の病院に行き、洗濯をして乾燥機に入れ、衣類を畳む。 看護師に許可を願い、母親を車いすに乗せ、散歩に行く。 気持ちいい風が夏流の頬をくすぐった。 木陰に車いすを置いて、母親に今の自分の心境を話す。 「好きな人が出来たの…」と報告する夏流の表情が、幸せに満ちている様を母親は知る事は無い…。 目覚める事は一生、無い。 生きている事だけでも有り難いと思わないといけない。 夏流は母親に会う度にそう思う。 そしてその都度、忍の事を思い出す。 (彼が目覚めて、本当に良かった…! 彼には自分の道を進んで、誰よりも幸せになって欲しい…) 願う心に、痛みはある。 彼にはもう会えないだろう…。 今、自分の心には豪がいるから。 忍とは違う優しさを秘めた…。 (豪さん…) 彼の事を思うと、とても優しい気持ちになる。 深い愛情で自分を愛してくれる。 大切だと想われている彼の気持ちが、いつも感じられる。 あの深い瞳。 あんな風に愛された事がなかった…。 坂下君はいつも私に乞うていた。 自分を受け入れて欲しい、と。 自分の存在意義を私に認めて欲しい、と。 哀しい自分を理解して欲しいと。 でも、彼はあの時、私を異性として欲していた訳ではなかった。 彼はただ認めて欲しくて私を望んだ。 だから身体を奪われた時、哀しかった。 自分を縛り付ける彼の心が哀しくて、私は…。 どくり、と心臓の音が早くなる。 (何時か、私は豪さんと…。 昨日車の中で求められた、あの。) そう思うと激しい羞恥と、身体に疼く甘いときめきと、そして身体を奪われる恐怖が入り交じった感情に夏流は捕われた。 何度も何度も繰り返しされる豪とのキス。 思考も何もかもが奪われて、身体に触れる指先が自分の中の「女」を刺激した。 もっと触れて欲しい、と願う感情もあった。 だが、直に触れられる指先が生んだのは恐怖でしかなかった…。 豪さん…、とつぶやき、夏流は自分の身体を抱きしめる。 彼に愛されたい…。 本当の愛を知りたい。 そう心の中で願う自分に、夏流は豪を求めている事を思い知らされるのであった…。 母親との散歩を終え、病室に戻った夏流は母親をベットに寝かしつけ、帰る準備をし始めた。 「また、明日くるね。」と言葉をかけ、病院を後にした。 一旦、マンションに戻った夏流は、今日の豪とのデートで着るワンピースに身を包み、そして化粧を整えた。 携帯に連絡し何コール目かに出た豪に、一瞬、胸を高鳴らせながら、今、マンションに戻った事を伝えた。 30分後にマンションに到着する、と豪はそう言い、会話を終わらせた。 今から豪と会う…。 夏流は頬をまた、仄かに赤く染めた…。 |