Act.11  始まろうとする想い その2 





次の朝、夏流はいつもより早く起きた。
軽くシャワーを浴び、お気に入りのツインニットにトンボ玉のチョーカーを付け、薄く化粧をする。
淡いピンクのルージュは夏流の白い肌によく映える。










「これでよし」と鏡をみてチェックし、時計の時間を見て慌てて玄関に向った。

駅前に行き、あのカフェ近くに止まるバスに乗り込む。
バックから小説を取り出し、ぱらりと開き読みながら、向うカフェに心が逸る。
バスを降り10分くらい歩くと、あのカフェの花々が目にとまった。

ハーブを中心とした料理を出すだけあって、ローズマリー、ラベンダーの花々や、ワイヤープランツとアイビーと蔓草が玄関の回りに植えられていた。
うっとりと花々を見つめながら、扉を開け中に入る。

流石に開店したばかりなので、まだ数人しか店内にいない。

あの場所に座りたいと、夏流は思い、一番奥の光が差し込む一角に歩行を進めた。
見るとその場所には既に誰かが場所を取ってる様子が感じられ、夏流は軽く落胆した。
どの場所に座ろうか…、と考え倦ねるとすっと肩を叩かれた。

誰だろう?と振り返ると、そこには豪が立っていた。

急な再会に夏流は声を失う。

豪の方も夏流に出会い、驚いている様子だ。

一時の間、お互い何も言わず見つめていた…。

沈黙を破った豪が「もし、良かったら一緒に座らないか?」夏流を誘う。
豪の言葉に素直に従い椅子に座った。

心臓が今迄に無い程、早鐘を打っている。

豪との再会に、夏流は仄かに顔が熱くなる自分を感じていた。

意識した途端、豪の視線を直視する事が出来ない。
「どうしてここに?」と言う豪の問いに、「頂いた焼き菓子がとても美味しかったので、来ました。」と言うのが精一杯だ。

夏流の答えに豪は微笑み目を細める。

豪の優しい視線を感じた夏流は、ますます目を合わす事が出来なかった。

頬を染め恥ずかしがる夏流に愛しさが溢れ、つい、からかいたくなる。
「注文はどうするの?」と夏流を急かす豪に目を上げ、メニューに目を通す。
決まった事を伝えようと視線を向けると豪のあの、深い瞳が自分を捕らえた。

(まただ。
どうして貴方はそんなに深い瞳で私を見つめるの…?
貴方は私に何を訴えているの?)

ふと、見ると、今迄、俯いてマトモに自分に視線を合わせようとしなかった夏流が、逸らす事無く見つめ返した。
夏流の曇り無い瞳に見つめられ、豪は自分が狼狽えているのに驚いた。

そして…、確実に夏流が自分に対して何かが変わった事を感じた…。

食事が終わる迄、お互いが話すこと無く静かに食事をした。

食器類が片付けられ、お互いの飲み物が運ばれ、飲んでいると豪が夏流にこの後の予定を聞いた。
豪の言葉に、戸惑いながらも特に予定が無い事を伝える。
夏流に返答に豪は、「では俺と一緒に海に行かないか?」と夏流を誘う。

一瞬、返事に困惑し、どう答えたら解らなかった。

なかなか返事をしない夏流に豪は深い声で「君に見せたいんだ…」と、夏流を誘う。
艶を含んだ豪の声に夏流は顔を赤くし、頷く。
誘いに応じた夏流に破顔する豪の様子に、また心臓が早鐘を打っているのを感じた。

会計の時、また自分の分迄支払おうとする豪に夏流は断ろうとしたが、「この後自分に付き合って貰うのだから、そのお礼」、
とやんわりと遮られた。
しぶしぶ引き下がる夏流に苦笑を漏らし、2人はカフェを後にした…。

カフェから、30分車を走行させ豪は目的地についた事を夏流に伝えた。
車を降りて視界に広がる海に、夏流は顔を綻ばせる。

「綺麗…」と嘆息を漏らす夏流に豪は視線を落とした。

すらりとした肢体にあった、ライムグリーンのツインニットにブーツカットのジーンズ。
深いエメラルドグリーンに、ピンクの花柄の模様が入ったトンボ玉のチョーカーをアクセントとして、付けている。
風になびく長い髪から薫る爽やかな香り。
絹糸の様に細く、艶を帯びた髪が余りにも綺麗で、豪は指先で夏流の髪の毛をいじっていた。

自分の髪に触れる豪に驚き、身体を動かす事が出来ない。

夏流の視線に気付き、「つい、綺麗だったので触れてしまった、済まない」と一言謝罪し、指を離す。

「いえ」と短く返事をし、俯く。

触れられた事に恥ずかしさを隠しきれない夏流は、なかなか顔を上げる事が出来なかった。
そんな自分に近づき、豪が身体をかがめ自分の顔を覗き込む。
目の前に豪がいる、と思うとかっと、頬が熱くなり思わず目を瞑った。

「そんなに俺に触れられるのが怖い?」豪の問いに、ぴくりと瞼を震えさせる。

「怖くは…ありません」と小さく呟く夏流に笑みを深め、すっと夏流の髪に触れる。

何度も梳かれる豪の優しい動作に、夏流が胸の高まりを抑える事が出来ない。

「豪に聞こえてしまう…」と思うとつい、豪の指の動きを遮ろうとした。

夏流の行動に、豪はやんわりと抑える様に自分の手を重ねた…。

指から伝わる豪の熱に夏流は思考が鈍り、くらくらするばかりだ。

かろうじて「離して下さい…」と訴えるが、豪は夏流の言葉を無視し、ますます指の力を込めた。

豪の熱に発火するような感覚に陥る自分が怖くて、思わず否定の言葉を告げる。
夏流が自分がイヤで拒んでいることでは無いと察している豪は、わざと夏流の耳元で囁く様に言葉をかけた。
豪の、翳める吐息が夏流を出口の無い迷宮に自分を閉じ込めようとしている。

「俺が嫌いか…?」と豪の言葉に頭を振って否定する。

「じゃあ、俺の事、どう思う?」と言う言葉に、夏流は答える事が出来ない。

意地悪な質問をする…、と心のなかで苦笑しながらも、夏流をもっと追いつめたいと願う自分に呆れ果てている。

「答えて…」と普段とは違う豪の囁きに更に目を硬くつぶって、頭を振る。

流石に、泣きそうな表情で頭を振る夏流が可哀想になり、豪はすっと夏流から離れた。
手が離れ、豪の気配が自分から離れた事を解った夏流は、安堵しそっと目を見開いた。

視線の先の豪に、また胸が苦しくなる。

あの深い瞳。

(胸が苦しい…!

私は…。

坂下さん…)

自然と言葉が零れた。

「どうして、そんな瞳で私を見つめるんですか…?」

夏流の言葉に、豪の表情が消える。

波の音が静かに聞こえる。

豪に詰め寄られ、2人の距離が縮み、そして…。

自分を強く抱きしめる豪に、夏流は息を飲んだ…。


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