Act.6  過去と現在と(R15)



ぞくりとする程艶やかな光を帯びた瞳に魅入られて、抵抗する事が出来ない。

項から首筋にかけて線を辿る忍の唇が夏流の全ての神経を捉え身体の熱を奪う。

抵抗しようにしても熱に奪われた身体は既に力を入れる事すら出来ず、忍の為すがままだ。

ベットにいつの間にか身体を纏付けゆっくりと忍の身体が重なる。

身体に伝わる忍の熱が自分の中に甘い疼きと恐怖を同時に芽生えさせる。

自分の身体を暴こうとする忍の動きを制し夏流は言葉を詰まらせながら訴えた。

「シャ、シャワーを浴びたいから、待って…」

夏流の言葉の中に戸惑いを感じた忍は夏流の瞳を覗き込んだ。

強い欲望を隠す事無く自分に向けている…。

目を逸らそうとしても忍の瞳がそれを許さず夏流は震えながら見つめ返した。

「俺が怖いか…?」

忍の意外な言葉に、一瞬どう答えていいのか解らなかった。

(怖いというのだろうか、この気持ちは…。)

答えに窮する夏流の様子にふと、微笑んだ忍は夏流を解放した。

「バスローブとタオルはバスルームに置いてあるから使えばいい。」

忍の言葉に素直に頷き夏流はバスルームへと向った。

熱いシャワーを浴びながら夏流は過去の経験を思いだしていた。

初めての行為は忍に強引に奪われ、全てを暴かれて、思うがままの何の感情も感じる事も無い行為だった。

愛されてるとも思えない、ただ一方的に忍の欲情を注がれるだけの意味の無い…。

その過去の悲しい思いが身体の奥底に残っている。

深い傷として。

「私は忍さんを受けいれる事が出来るのかしら…。

確かに求める気持ちも身体に疼くこの感覚も、女として忍さんを求めてる。

だけど…

体が過去を思いだし震えているのも事実。

どうしたらいいの?」

震えが走る身体をどうにか落ち着かせて夏流はバスルームを後にした。

ベットルームに入ると忍がベットに座り自分をじっと見つめている。

立ち上がって近づき頬に軽くキスをして囁いた。

「俺もシャワーを浴びてくる。」

短く言葉を切り出て行く忍を姿を追いながら夏流はベットの脇に腰掛けた。

ふうう、と溜息が出る。

「本当にどうしたらいいの?」

膝元で手を握りしめ夏流は忍とのこれからの行為に心を悩ますのであった。

かちゃり、と開くドアの音で一気に思考が停止する。

シャワーを終えオフホワイトのバスローブを纏った忍が自分の隣に腰掛けた。

少し湿った髪が頬にかかり水滴が伝わる。

自分を請う瞳が隠される事無く自分に注がれているのに、夏流は心が強く揺すぶられるのを感じた。

静まりかえった部屋の中で自分の心拍数の音がやけに強く聴こえる。

忍が自分を胸元に引き寄せる。

仄かに薫るシトラスの薫りがあの時の情景を思い出させる。

くらりと軽い目眩を起こす夏流の肩をぐっと握り、「あの時とは違う」と忍は囁きかける様に言葉を紡いだ。

「…」

「夏流が欲しくて欲しくてたまらない。

夏流に俺を感じて欲しいし、俺の全てを解って欲しい。

今の俺を」

「忍さん」

ゆっくりと唇に触れてくる。

何度も何度も触れながら忍は夏流の呼吸を奪う如く唇を奪った。

引き寄せていた手は身体をなだらかな曲線を滑る様に触れ、そっとベットに夏流の身体を横たえる。

触れていた唇は頬を辿り、頚から鎖骨へと這わせていく。

バスローブに包まれた柔らかい胸元に触れようとした瞬間、夏流は身体が硬直し、震えを耐える様に強くシーツを握った。

そんな夏流の指先を一つ一つほどき、自分の指に絡めながら忍は夏流に話しかけた。

「俺を信じて。」

じっと自分を見つめる瞳が真摯に訴えてる。

指先に伝わる忍の力の強さに、強張っていた身体の力が緩んでいく。

「夏流を愛している。

今も、そして昔も…!

初めて夏流を抱いた時、俺はその事を認めなかった。

怖かったんだ。

夏流を愛してる事を受けいれる事は、自分に大切な存在を作る事になる。

俺はもう誰かを失う哀しみを抱きたく無かった。

だから…。」

それ以上の言葉を忍は紡ぐ事は無かった。

夏流のそれが忍の言葉を奪ったから…。

心を通わせた2人はお互いの存在を確かめる様に深く愛しあった。



この夜から忍と夏流の新たな時間が刻まれようとした…。






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