Act.5  長い夜の始まり



「どうして忍さんが透流君の家にいるの?」

忍が透流の家で酒の飲み過ぎで寝てしまったと言う言葉を聞いた夏流は、思考が停止し考える事が出来なかった。

明日は2人とも仕事で透流のマンションは誰もいないので、忍をマンションに連れて帰って欲しいと言う透流の要望に、夏流は頭を抱えていた。

(もう、どうしてこの人は…!

一体、何処迄、人に迷惑をかけたらいいの?

それよりも、何故、透流君と忍さんが…?

いつの間に交流を深めていたの?

もおおおお、解らない!)

かぶりを振る夏流を見た透流は苦笑いをしながら忍を連れてきた。

眠っている様子だ。

「下迄連れて行ってタクシーに乗せるから、夏流は荷物を持って下に降りて。

詳しい話は、またゆっくりと。

まあ、忍に聞いてくれ。」

軽くかわされた透流の態度に少し不満げになった。

嘆息が零れる。

(どうして毎回、毎回、忍さんのペースに振り回されるのかしら。

本当に10年前と変わらない。

ああ、私ってこんな運命なの?

忍さんが目が覚めたら思いっきり文句を言って、透流君との関係を問いただしてやるんだから!)

タクシーに乗り自分の肩にもたれて眠る忍を横目で見つめながら、目覚めた時、何を先に問いただそうかと頭の中で整理した。

思いを馳せてる間にマンションにタクシーが着いたが、未だに眠る忍をこのままでは連れて行くのは困難だと思った夏流は、
忍の肩を何度も揺すぶったが一向に目覚めない。

ほとほと困り果てた夏流を見かねた運転手が手助けをしてくれたお陰で、どうにか忍を部屋迄連れて行く事ができ、安堵する。

部屋に入った途端、先に忍を寝室に連れてそっと横たえ、玄関先に置いた荷物を運び一呼吸する。

(はあ、どうにかベットに横たえる事が出来たけど、服のままで眠らすのは流石に駄目よね?)

引き出しからパジャマを取り出し、忍の側に近づき顔を覗き込む。

穏やかに眠る様子が癪に触った夏流は忍の頬を軽く叩いた。

「忍さん、起きて!

お願いだから…。

このままだと着替えさせる事が出来ないから、お願い。」

忍に起きる様に何度も促すが、深い眠りについているのか全然起きる気配がない。

「やっぱり私が着替えさせるしかないのか…」とげんなりしながら夏流は忍のシャツのボタンを外し始めた。

一つ一つボタンを外しながらシャツの中から覗く鎖骨にどきりとした夏流は、自分の指先が震えてる事に気付いた。

指先から伝わる震えが体中に駆け巡り、鼓動が早くなる。

自分の頬が赤くなる事を抑える事が出来ない夏流は、思わず忍の上半身から目を背けた。

俯き気持ちを鎮めながら忍の腕にパジャマを通そうとした瞬間、強い力で腕を掴まれ抱きしめられる。

一瞬の出来事に目を見開く。

耳元でくすりと笑う声が聞こえる。

「もう、おしまい?」とくつくつと楽しそうに忍が笑っている。

今置かれてる状況を判断した夏流は、自分が忍に騙されていた事に気付き、忍の胸を強く叩いた。

「酷い、忍さん!

寝た振りをして、人が困っているのを楽しんでいたの?

信じられない…!

もう、離してよ」

「嫌だ」

「忍さん!」

「この状況で離すと思う?夏流は」

「え…?」

忍の言葉に夏流は今、自分が置かれてる状況を改めて知り、抵抗をもっと強くした。

「やだ、離してよ、忍さん。

もう、きら…」

抗議の言葉を紡ごうとしたが忍の唇に塞がれ話すことが出来ない。

胸を叩く力が抱きしめる腕の強さに削がれ、夏流の抵抗が緩まるのが伝わったのか忍はキスをもっと深くした。

時々キスの合間に零れる夏流の声が自分を煽る。

夏流を求める気持ちを抑える事が出来ない忍は、キスを解き、夏流の項に唇を這わせながら忍がそっと囁いた。

「夏流が欲しい」

甘い吐息が零れる中、恋人達の長い夜が始まろうとしていた…。







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