Act.21 欲望 公園を後にした忍は直ぐさま、夏流の携帯にメールした。 「今からマンションに行く」と一言添えて。 夏流から一向に返事が無かったが、忍は夏流が真っ直ぐマンションに帰宅している事は解っていた。 無言を押し通す夏流の心情も手に取る様に理解出来る。 あの女を気遣っての行動とは夏流は本当にバカだ、と忍は苦笑を漏らす。 だがそんな夏流だからこそ、自分が心惹かれて止まない事も自覚していた。 マンションに辿り着いた忍は、何度も何度もインターフォンを鳴らした。 案の定、マンションに帰宅していた夏流は、忍が来た事に正直驚いていた。 そしてあくまでも居留守を押し通そうと思い、無視していたが、忍からのメールを見てぎょっとした。 「出てこないのなら、出る迄インターフォンを押し通す」と言う文面に頭を抱える。 絶対に実行する事を知っていた夏流は、しぶしぶマンションのドアを開けた。 開けた途端、にっこりと微笑む忍と対面したが、目が笑っていない事に気付いた夏流は、怖くなって開けた扉を閉めようとした。 すかさず夏流の腕を掴み中に入る忍。 「何故、メールに返事をしなかった?」と忍の声は不機嫌さを極めていた。 声を聴いただけで、がたがたと体中に震えが走り、マトモに返事をする事が出来ない。 「どうして?」と催促する声は、自分を凍り付かせるのに充分であった。 夏流の目線にあわせ体を屈みゆっくりと顔を近づける。 吐息が自分の唇を翳める。 「夏流、返事は?」と触れる様なキスを唇に落とす。 「だ、だってあの人はずっと、坂下君の事が好きだった。 だから、心から貴方の事を想う人と付き合う方が絶対に幸せだと、思って!」 ぽつり、ぽつりと話す夏流の言葉を噛み締めながら、忍は更に声を低め夏流に囁いた。 「それは俺が本心から望む事だと思うのか、夏流は。」 「貴方の本心なんて、私には解らない。 だけど、私よりもあの人の方が断然、釣り合う…」 と思う、と言おうとした矢先、噛み付く様なキスをされそれ以上会話を続ける事が出来なかった。 一瞬、何が起きたか解らなかったが、荒々しく唇を奪われている事に気付いた途端、忍を押しのけようと力の限り抵抗した。 体を払いのけようと胸を押すと両手を壁に拘束され、体が更に密着した。 密着した体からは忍の熱が強く伝わって来る。 角度を変え何度も繰り返させるキスと、体に伝わる忍の熱の熱さの所為で、夏流の意識は朦朧としていた。 キスを繰り返す中、夏流の抵抗が緩んできた事を見計らって、体の線を辿る様に手のひらを這わせて行った。 頬から項にかけて滑る様に手を落とし、ゆっくりと鎖骨に触れ、そして鎖骨から胸に触れていく。 カタチを確かめる様に制服の上から胸を掴まれた瞬間、夏流は意識を取り戻し、そして驚愕の余りぼろぼろと涙を流し始めた。 嗚咽がキスの間に零れ、涙が忍の頬を翳める。 劣情に身を任せていた忍は夏流の絶え間なく流される涙によって、己を取り戻したのであった…。 泣き止まない夏流をどうにか鎮めようと体に触れた瞬間、夏流は、ぴくり、と体を引き攣らせた。 目を瞑り、震えが走る体を思いっきり抱きしめている。 体全体で自分を拒絶する夏流に、忍は自分の感情が走らせた行動を思いっきり後悔していた。 「すまない、夏流」 呻く様に囁いて、忍は夏流のマンションを後にした…。 帰宅し、自室に戻った忍は、直ぐさま浴室に入りシャワーを浴びた。 冷たい水で、自分の中に籠る熱情を鎮める為に。 自分の中で夏流を求める気持ちが、日を追う毎に強くなっている。 夏流の嗚咽が、涙が翳めなかったら、忍は感情の赴くまま夏流を奪っていた。 もう限界なのかもしれない…。 感情の防壁も何もかもが夏流によって奪われて行く。 いや。 奪われるも何も、今迄の「感情」は夏流に出会って出来た産物だ。 7年前、彼女との出会いにより、今の「坂下忍」が作られた。 そうでは無かったら、俺は生きてるまま死んでいた。 何も映さない感情を抱えたまま、毎日、ただ息をしているだけの生活。 最初、繰り返される悪夢から、恐怖から逃れる様に死を望み何度も自殺を試みたが、結局、生に対する動物的本能が勝って死ぬ事が出来なかった。 そんな自分に絶望し、その後、俺は死ぬ事を考える事すら煩わしくなっていた…。 何も持たなければいい。 そうすれば死の恐怖も、愛する者を悲しむ感情も抱かなくなる。 その自分に意思を齎せたのは、夏流だ。 彼女に出会わなければ、俺の心は永遠に死んでいた。 夏流。 君を求めるこの感情を、なんて言えばいいのだろうか? 恋も愛も、俺の中で「カタチ」として存在してるとは到底思えない。 誰かを想う、誰かを好きになる、誰かを愛おしく想う、その感情は7年前に自分の中で息づく事を放棄した。 だから、夏流を求める想いが何であるかは正直、俺には解らない。 ただ魂が望んでいる。 「君が欲しい」と…。 |