Act.20  嫉妬の薫り





「夏流、どうしたんだ?」

会計を済ませ外で待っていたが、余りにも夏流が出てこないので心配になった忍は、店内にもう一度入り、夏流の様子を窺った。

忍の呼ぶ声に我に帰った夏流は、自分に向ける視線を逸らす事なく、ずっと見つめていた。

(この女性。

まだ、坂下君の事好きなんだ…)

自分に向ける視線に感じる、憎しみと嫉妬と、そして悲しみと。

私の存在で確実に悲しむ女性がいるんだと思うと、夏流はやるせない気持ちでいっぱいになっていた。

(自分たちの関係が中途半端だからいけないんだ。

私がもっとはっきりとした態度を取ったら、きっと、坂下君は私に構わなくなる。

そうしたら坂下君だって、彼の事を本当に想ってくれる女性と付き合う事になるわ。

そう、彼女みたいに…)

あの時の彼女の告白は、見ていて本当に切なかった。
坂下君の事が好きで好きで堪らない気持ちが伝わって…。

だから、私は彼女にもう一度、坂下君と付き合って欲しい。

本当に彼の事を想う女性と…。

「夏流?」

「…坂下君。

ごめん、今日はここで別れてもいいかな?」

「どうして?」

「そ、それは。」

言葉を濁し忍の視線を避ける夏流の様子が気になり、何があったのか問いただそうと忍は夏流に詰め寄った。
忍の尋問から逃れようと、夏流は短く別れの言葉をかけ、その場を立ち去ろうと早足で歩き出した。
夏流の腕を掴もうと手を差し出した瞬間、自分を呼び止める声に一瞬、反応した。

振り向くと、そこには折原香里が立っていた。
元彼女で、生徒会副会長。

彼女の呼び止めで夏流を追う事が出来なかったのか、と忍は香里の存在を忌々しく思った。

この女が夏流に何か言ったんだな。
きっと、そうだ。

だから夏流は俺の目を逸らした。

(夏流…。)


忍は一息ついて、香里に言葉をかけた。

「…貴女でしたか。
で、俺に何の様ですか?」

忍の不機嫌な声に驚いた香里は、一瞬顔を曇らせたが直ぐに笑顔になり、甘い声で忍に話した。

「彼女が、例の噂の娘ね。

ホント、噂とおり、さえない娘。

貴方に全然ふさわしく無いわ。」

ああ、この女も中身の無い低俗な女達と一緒か、と忍は冷ややかな視線で香里を見つめた。
言葉に柔らかさを含めて香里に話す事自体、無駄な行為だと思った忍は、容赦なく言葉を投げかけた。

「ふさわしいかは俺が決める事であって、貴女が言う事ではない。

それにどうして貴女が、夏流に対して非難の言葉を言わないといけない?

関係ない事ではないのでは。

俺と貴女との付き合いは、既に終わっている。

初めから何度も言いましたが、3ヶ月の期間限定だったでしょう?

それでもいいと言ったのは貴女でしたよね、折原副会長。

俺は貴女との付き合いなんて、最初からどうでもよかった。

でも、貴女はそうでは無かったみたいだが。」

忍の突き刺さる言葉に香里の理性はだんだんと失われていった。
じんわりと瞼に涙を浮かべ、声のトーンが上がる。

「そうよ!

忍、貴方の言う通り、期間限定で交際を申し込んだのも私!

その間に貴方の心を靡かせ手に入れようと考えていたから。

貴方が好きだった!

何度も言うけど、本当に貴方が好きだったの、忍」

何人かの客が自分たちを好奇の目で見ているのに気付いた忍は、香里に一緒に外に出る事を勧めた。
忍の言葉に素直に従いカフェを後にする香里。

大通りを歩きながら忍は、近くにある公園を指差し香里を案内した。
噴水の前にベンチがあり、そこに2人は腰掛けた。

一時の間、無言が続いた。

最初に言葉をかけたのは香里だった。

「忍。

私には、チャンスが残されてはないの?

貴方の心を振り向かす事をしては駄目?

あんな娘より、私の方が絶対に貴方に相応しいわ!

だから。」

余りにもバカバカしい事を言う香里に、忍は心底呆れていた。

(肩書きの割には、本当に頭が伴っていないな、この女は。

教員も生徒もこの女の何を見て評価しているのだろうか?)


辛辣な言葉しか、香里に対して出てこない。


そして一時期付き合いこの女と時間を共にした自分が愚かであったと、忍は心の中で笑った。

ふっと、自称気味に笑いながら忍は返答した。

「そんな事が出来ると貴女は本当に思っているのですか?

俺が夏流と交際をやめて貴女と付き合う。

天地がひっくり返ってもあり得ない事です、折原副会長。

貴女だけではなく、他の誰であろうと俺の心を掴む事は、絶対に出来ない。

そう。

夏流以外はね。」

くつくつと笑いながら話す忍を、香里は呆然と見つめた。

そして、自分を小馬鹿にし心底楽しそうに顔を歪め笑う忍の姿に、だんだんと怒りがこみ上がる。

言葉の端々に自分を軽蔑してる事が解る。

握りしめる手に汗が滲んだ。

心が震えるくらい自分の心は憤りを感じているのに、恋情が勝って押しとどめている事に香里は笑った。

解っていたハズだった。

既に終わってる、いや、初めから何も始まっていない恋に、自分一人が捕われている事に。
最初から忍が自分に心を傾ける事は無いと理解していたハズだ。

今だってそう。

蔑む瞳は何処迄も冷たく。
そして、残酷な言葉が自分の心を切り裂く。

既に自尊心と言う言葉すら今の私の中には存在しない。

ここ迄心をズタズタにされ、傷ついてもなお自分の心を捕らえて離さない男。

何処迄も壮絶な迄に美しく、そして…。

魅入られる、この男に。
魂の奥底まで。


「忍…!」

「まあ、貴女のお陰で、俺も少しは楽しい思いをさせて戴いたと思ってますので、一応、感謝の言葉を述べないといけませんね。

今回の件では特に。」

では、と短く言い、振り向く事なく忍は香里をその場に残し去って行った…。





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