Act.22  崩壊



忍がマンションから去った後も夏流は玄関に座り込んでいた。
今しがたあった自分の状況に体中が震え、唇はガチガチと音を立て力が入らない。

忍の激情をマトモに受けて、夏流の気持ちは混乱していた。


(怖い…

坂下君が怖い。

彼の誕生日迄、後、3週間も無い…。

もう、嫌!

彼とこれからも付き合うなんて、絶対に出来ない。

だれか、助けて!)

ぼろぼろと止めど無く涙が溢れた。
零れる涙を拭う事なく感情の赴くまま、夏流は泣き続けた。


最初から忍の一方的な告白で付き合いが始まった関係だ。
自分が恋愛感情を持ってからの関係ではない。

心が少し揺れ動き彼に心が傾きかけた。
だけど彼の感情は自分の許容を超えている。

彼の心を受け止める程、私は彼の事を想っていない…。

だから。

夏流は涙を拭い、心を強く引き締めた。



(言おう、坂下君に。

別れの言葉を。

ううん、別れも何も彼から始まった恋愛だもの。
私はただ、彼に翻弄されただけ。

だから…

心に彼の存在があっても、だけど、これ以上、私には彼と向き合えない。

明日、彼とあって気持ちを伝えよう。

大丈夫、夏流。

気持ちを強く持てば、きっと彼にも伝わるはずだから…。)

決意を固め、どうにか体を落ち着けせて立ち上がり、夏流は部屋の中に戻った。

その夜、お互いがなかなか寝付けないまま、夜を過ごした。


次の朝。

夏流は忍に逢いたいとメールを送った。

緊張してメールを打つ指先に力が入らず、なかなか文章が打てなかったが、これ以上先延ばしにしては言い出せなくと思い、迷いながらも送った。

その後、すぐに忍から返事が来た。

謝罪の言葉が添えてあったメールを見て、昨日の事が鮮明に頭に過った。
震えがまた体を襲った。

夏流は自分の体が震えが走る様子に、もうどうしようもないんだ、と自分自身を納得させた。
頭で彼の事を想っても、体が彼を拒絶している。

それが今の自分なんだ…、と、夏流は実感した。


マンションの近くの公園に行くと既に忍が待っていた。

少し陰りのある表情が夏流の目に映った。
夏流の姿を見て、忍は淡く微笑み、そして昨日の自分の行動を深く反省してると謝罪した。

謝る忍の姿に、ずきりと、胸に鋭い痛みが走った。

心が少し揺れ動いたが、でも、それに気持ちが流されていたら、ずっと別れを切り出せない。
別れの言葉を言うと決めた事だ。
もう、引き返せない。

彼がどんなに自分の事を想っていても、私にはもう無理なの。

「…坂下君」

唇が震える…。

「夏流?」

「お願いがあるの。

もう、付き合うの、やめましょう。

初めから貴方から、始まった交際だったし、それに私」

「…」

「貴方の想いについていけない。
これ以上、無理なの!

お願い、もう、私を解放して」

「…嫌だ」

「坂下君!」

「…バカだった、俺は。
自分の感情にもっと、正直になればよかった。

昨日、躊躇した自分が愚かだったよ。」

底冷えがする様な言葉に、夏流の全身は凍り付いた。
夏流を見つめる瞳には、既に感情の色は消え、何も映していなかった。
ただそこに、姿が反射されているだけ。

「な、何言ってる?」

「夏流。
俺から離れる事が出来ると思っているの?
君は最初から俺のモノだっていっているだろう?」

「ち、違うわ。
私は最初から貴方のモノでは、ない。
勝手に貴方が思っているだけ!」

自分に向ける冷笑を浮かべた微笑みが、彼の容貌を際立たせてる。
壮絶な迄の美しさだ。
一瞬、彼の姿に心を奪われたが、更なる忍の言葉に我を取り戻した。


「物わかりが悪いね、夏流は。
何の為にその頭脳は存在している?
言葉に対しての認識は持ち合わせていないとは思わなかったよ。」

だんだんと距離を詰め寄り自分に近づいている忍が怖くて、夏流はその場から逃げようと踵を返した。
走り出そうとする夏流の腕を掴み自分に引き寄せる。

夏流の顎を掴み、見つめる瞳は何処迄も暗かった。

「今から証明するよ。
夏流は俺のモノだって。」

「…嫌よ。
放して、坂下君」

抵抗する夏流の腕を更に強く握り歩いて行く忍。
腕を掴まれる力の強さに顔は痛みに歪み、夏流は呻いた。
何度も放す様訴え叫ぶ夏流を無視して、タクシーを呼び引き込む。

「何処に行くの?」と問いただす言葉に返答は無かった。

タクシーがついた場所を見て、夏流は戦慄が走った。
そこは以前夏流が倒れて運ばれたいたマンションだった。

暴れる夏流を無理矢理エレベーターに連れ込み、ボタンを押す。
抵抗する夏流の顎を掴み唇を奪った。

強引に自分の唇を奪う忍に抵抗すべく夏流は忍の唇を噛んだ。
一瞬、唇を放したが、直ぐに夏流の唇を奪った。
切れた唇に血が滲み、お互いの口内に血の味が広がっていた。


エレベーターが止まりドアが開く迄、忍は夏流の唇を奪っていた。
執拗に口内を侵す忍に、夏流は既に抵抗を諦めていた。


マンションのドアを開け、寝室に夏流を引き込む。
そしてすかさず夏流をベットに横たえ、馬乗りになり夏流の自由を奪う。

驚愕が全身に巡り、涙が視界を歪める。
忍の瞳は相変わらず何も映さない。

「ねえ、お願い。
もうやめて、坂下君。

こんな事をしても、私は貴方のものにはならない。」

「…」

「お願い!」

懸命に訴え拘束から逃れようと夏流は抵抗したが、自分を捉える忍の腕の強さに敵うはずがなく、夏流は絶望した。

もう、逃れられない…。

一つ一つ暴いていく忍に、夏流は抵抗せず、ぼんやりと状況を受け入れていた。

体全体に忍の熱が伝わる。

心をよそに自分の体が熱を伴う。

時々痛みを伴う甘い疼きが自分を襲った。

だけど、それだけ。

冷えゆく心を見つめながら、進められる行為の中、夏流は忍と結ばれていった…。





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