Act.5 美しき思い出 生まれたときから私の初恋は既に決まっていた。 どんな物語にでる王子様よりも素敵な人が私の側にいた。 その人の名は、成月涼司さん。 お父様の親友であり秘書でもあった彼は、私が生まれた時から常に私の側にいた。 忙しいお父様に代わって、涼司さんは色々な所に連れて、私を楽しませてくれた。 遊園地、動物園、海に山に、そして縁日と…。 巡るめく季節の中、いつも彼は私の側に居て、穏やかに微笑んでくれた。 優しい人だった。 言葉では言い表わせない位、愛情に満ちあふれて、そして輝く様に美しかった。 そんな涼司さんを私は誰よりも大好きだった…。 そして子供の頃の憧れは何時しか淡い恋心に変わっていった。 あれは丁度、小学校に上がる前、私はテレビで見た縁日にどうしても行きたくって、お母様にだだを捏ね、泣いていた。 そんな私を見つめていた涼司さんはやんわりと微笑み、私の耳元で優しく囁いてくれた。 「僕と一緒にデートをしませんか」 彼の申し出に私は泣き止み、真っ赤になって頷いた。 初めて遊びに行った縁日はとても人が多くにぎやかで楽しく、私はすっかり気に入ってしまった。 見回っている出店の中で、食べた事も無い綿菓子に興味を持った私に気付いた涼司さんは、そっと私の手を取って渡してくれた。 ふわふわで甘い綿菓子に私は上機嫌だった。 ううん、綿菓子にではなくて本当は涼司さん…。 彼と一緒に縁日に遊びに来ている事に心が弾んでいた。 色々な店を見回って疲れた私を気遣って、ベンチに座る事を勧めてくれた涼司さんについて行ことした時、 ふと、一つのおもちゃの指輪が目に飛び込んできた。 花を象っていてその中心には赤い石がついており、それはとても繊細で可愛らしい指輪だった。 一瞬にして気に入り、欲しくなった。 立ち止まりじっと見つめている私に気付いた涼司さんは、微笑みながら指輪を買ってくれた。 そして、私の左手に手を当て、ゆっくりと填めてこういってくれた。 「朱美ちゃんの前に素敵な王子様が現れる迄、僕が朱美ちゃんの恋人でいてもいいかな?」 穏やかに微笑んで、私の顔を覗き込む。 何処迄も美しい笑顔にうっとりと見つめながら、赤くなる頬を止める事が出来なかった。 涼司さんの告白に、私は何度も頷いた。 「うん、私の恋人は涼司さん、只一人よ」 慈愛を含んだ優しい笑みに、私は心の底から魅入られていた…。 彼がどうしてそこまで私に優しかったのか、それは彼の人柄もあったが、それ以外の事も含まれていた事が後で解った。 彼には長年、大切に想っていた女性が心の中にいた。 体が弱く20歳迄生きれないと言われていたその女性は、涼司さんが大学生の時、息を引き取った。 亡くなった時、その女性は涼司さんの子供を宿していた…。 時折、切ない眼差しで私を見つめる。 もし、その子が生まれていたら、その子供が女の子だったら、と言う想いが常に彼の心の中にあったのであろう…。 淡い微笑みに何処迄の哀しみを彼は抱いていたのであろうか…? 彼がとても好きだった。 優しく微笑んで、私を心から慈しんでくれて。 家族よりも誰よりもとても大切な存在だった。 幸せになって欲しかった…。 だから彼が故郷に帰る時、私は叔母の背中を押した。 「涼司さんを絶対に幸せにして!」と言う言葉に、叔母は目を見開き、そして満面の笑顔で私に微笑んでくれた。 その後、2人は結婚して、そして…。 し−ちゃんが生まれた。 しーちゃん。 私の只一人のいとこ。 そして最愛の義弟。 涼司さんにとてもよく似た面差しに、優しい微笑み。 しーちゃんと言う存在にどれだけ私の心は救われたか。 涼司さんが転落事故で亡くなった時、私の心の時間は一瞬にして凍ってしまった。 何故、死んでしまったの! 何故、何故、何故! 哀しみに吹き上げる心の嵐も、悲鳴を上げ溢れる涙も、私は止める事が出来なかった。 そんな私に、時間の流れは優しく、そして残酷に私の心を少しずつ再生していった…。 涼司さんが亡くなった現実を受け入れ始めた時、私の心に一つの思いが心に宿った。 そう…。 涼司さんの忘れ形見であるしーちゃんを誰よりも幸せにしよう、と。 それが私の幸せであり、涼司さんに対する愛のカタチでもあるから。 涼司さん…。 誰よりも貴方の事を愛していた。 子供の頃の戯れ言だと思われても、私は彼の事を心から慕っていた。 一人の男性として。 その淡い想いが何時、愛に変わったのかは解らない。 特別と言う言葉が、異性に対しての言葉である事に気付いたのは、何時の事だろう? それが解った時、私は貴方と言う鎖に遠永に繋がれてしまった…。 しーちゃん。 貴方の幸せは絶対に私が守ってみせるわ! 絶対にしーちゃんを高槻家に取られてたまるものか! そうよ! この婚約、絶対に破談に追い込んでやる! みてらっしゃい、 輝さん。 この坂下朱美を陥れた報い、100倍にして返してやるから…! 復讐と言う名の束縛に捕われた私が、真実の愛に気付く様になるとは、この時の私は知る由もない事だった…。 |