Act.4  始まりはいつも突然に(R15)



「お前はどうするつもりだ、朱美!

よりによって、あの和輝の息子と!

自分が一体、何をしたのか解っているのか?」

怒りを爆発させ、辛辣な言葉を投げつける浩貴に、朱美はただただ項垂れて聞く事しか出来なかった。


あの後、なかなか自分を離してくれない輝の拘束をどうにか振り切った朱美は、輝のマンションを後にし、自宅に戻ったが…。

帰宅して直ぐさま、浩貴から書斎に来る事を促された。

多分、自分と輝の一方的な婚約について言うのであろう、と朱美は重い足取りで書斎に向った。

書斎のドアを開けた途端、浩貴の罵声が部屋中に木霊した。

(ああ、思っていた通り、お父様はかなりご立腹だわ。

もう、ご立腹と言う言葉で表現出来ない程、怒り狂っている。

ええ、解りますわ、お父様のご心情!

だって、私もお父様と同じ思いですもの。

私の最愛の義弟、しーちゃんの彼女の話題で人を釣って、挙げ句の果てに泥酔した私を散々、弄んで。

そればかりか意識朦朧とした私に婚約を交わすなんて、悪魔の所業とした思えない!

絶対に結婚なんかするもんですか!

だって、この婚約に愛なんて始めから存在してないんだもの。

輝さんのお父様が、しーちゃんを私達から奪うべく仕組んだ謀としか考えられない…。

酷すぎるわ、輝さん。

いくら私の事を子供の頃から目の敵にしてるからって、お父様の計画に加担するなんて…。

しーちゃんを私から奪うなんて、絶対に阻止してやる!)


昨日の午後、私の勤めてる会社に商談にきていた輝さんと偶然ロビーで遭遇した私は軽く会釈し、そのまま会社を後にした。
玄関に出た頃、不意に輝さんに呼び止められた私は、不機嫌な気持ちを隠すのに必死だった。

子供の頃から感情の読めない彼は苦手だったし、年を重ねるに連れて、それは嫌悪に変わっていた。
そんな私の様子を感じたか、輝さんは目を細め苦笑した。

「何か、御用?輝さん。

何も無いのなら、私、帰りたいんですが。」

「ああ、なら俺が君を自宅迄、送るよ。

その前に俺の店で食事をしないか?

話したい事があるから。」

彼の突然の申し出に、一瞬、言葉を無くした。

(え、私と食事?

この男が???

今迄一度もした事が無いのに、一体、何故?)

思案しても、答えが出ない朱美は素直に自分の感情に任せた。

そう、嫌なモノは嫌と言う、絶対的な感情に。

「私が貴方と何故、食事をしないといけないの?

丁重にお断りします。

義弟との約束があるので」


そう、この日はしーちゃんと一緒に食事に行く予定になっていた。

平日、時間が滅多に合わないので、主に土曜日か日曜がメインだったが、彼女が出来た事で、帰宅が早い時に外食をする事になった。

丁度、今日は残業も無く定時に帰宅出来る模様だったので、早めにメールを入れてしーちゃんに了承を貰った。

(久々のしーちゃんとのデートに心が弾んでいるのに、その気持ちに水を差されてたまるものか!

私はしーちゃんと言う潤いが欲しいの!

あんたとの食事なんて問題外。

はああ、早くどっか行ってよ。)

そんな私の様子を察したか、小馬鹿にした目で輝さんは見つめた。

くすり、と何かを含んだ笑みに、怒りのボルテージが頂点に達しそうになっていた。

だが、私も、もういい大人なので、あくまでも平静であるかの如く対応したが、彼の一言が、私の鉄壁を打ち破った。

「忍君の彼女の事を聞きたいと思わないか?

先日、忍君が俺の店に彼女を連れて来た。

とても綺麗な女の子だったよ」

しーちゃんの彼女…。

今迄、この7年間、しーちゃんは大切な人を作らなかった。

ううん、そういう感情を持たなかった。

あの事故の所為で。

だから彼女が出来た事は、しーちゃんに、人としてあるべき感情を抱き始めた、という事を意味する。

それは私達家族が心から望んでいた事だった。

だけど…。

感情はそんなに簡単に済まされない。

しーちゃんに大切な人が出来たって言う事は私達から、離れるって言う事だから…。

しーちゃんの彼女と言う言葉で動転した私は、輝さんの言葉にマトモに受け答えする事が出来なかった。

流石に私の反応が鈍いのが解ったのか、輝さんは私の肩に手を回して、車の助手席に私を乗せた。

無言が車内を覆う中、私は震える指先に力を入れるのに必死だった。

その後、彼の店で何を食べ、どんな会話をしたのか憶えていなかった。

勧められるままにお酒を煽り、そして…。


意識がぼんやりとする中、いつの間にか柔らかいベットにゆっくりと体が倒されていた。

優しく髪を梳かれ、時々、愛おしそうに唇が触れてくる。

滑る様に、こめかみから頬に、そして唇に…。


既に着ていたスーツは取り払われ、下着姿になっている事すら私は気付いていなかった。

側から、ぱさりと、衣類が床に落ちる音が聞こえる。

重なる素肌から伝わる熱に、私は沸き上がる感情を抑える事が出来なかった。


しーちゃんが自分たちの元を離れていく現実に気持ちが捕われていた私は、子供の様にむせび泣いていた。

泣き止まない私の頬に唇が触れ、涙を翳めとり、そして深い口づけが与えられた。
何処迄も優しい仕草で私に触れるその手に、私は我を忘れ、全てを委ねていた…。

何度も求められる行為の中で、既に意識を手放しかけていた私に、艶を含んだ掠れた声が耳元で囁いた。

最初、何を言われているか解らなかった…。

その言葉が私を強く求めていると解った途端、私はその言葉を受け入れ、深い眠りに落ちた。



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