Act.3  その存在は太陽の如く


「い、今、なんて言った、輝…」

輝がオーナーとして運営してる料亭のひとつである、「一光」の一室で、2人は酒の肴をつまみながら、話に興じていた。

輝の話の内容に驚きを隠せない豪は、手に持っていたグラスを思わず落としそうになった。

明らかに動揺しているな、と、くつくつ笑いながら、豪からグラスをそっと取りテーブルに置く。

輝の如才ない動きを目で追いながら、どうにか自分を落ち着かせた豪は輝の言葉に耳を傾けた。

「ああ、朱美と婚約した。

3ヶ月後に結婚する。」

輝の言葉に即座に突っ込む豪。

「お、おい待て、輝。

俺は、初耳だぞ。

お前と朱美が付き合っていたなんて。

それも、婚約したって?

一体何時から付き合っていたんだ、お前達!」

機関銃の如く切れる事無く続く問いに、輝は薄く微笑みながら答えた。


「昨日から」

しれっと答える輝の言葉に唖然とする豪。

「…はあああ?」

豪の間の抜けた表情に、失笑する。

(ホント、こいつは幾つになっても変わらない…。

なんて解りやすいんだ)

ふふと、微笑み言葉を噛み砕きながら、ゆっくりと話した。

「だから、昨日から。

そして、朱美にプロプーズしたら、即、OKを貰った。」

「お前、それ、本当か?
かなり疑わしいぞ。」

「まあ、手段は選んでいないので、お前に非難される事は覚悟している。」

「どういう事だ?」

「ああ。

酔った朱美をベットに誘って、その場の流れで婚約した。」

「お、お前〜!!!」

すかさず詰め寄り、輝の胸ぐらに手をかける。

怒号を含めた冷ややかな目に、豪が本気で怒っている事が窺える。

じゃじゃや馬だとか、手に負えない妹とか、なんだかんだと愚痴る割には、妹の事を大事に思う豪の気持ちが微笑ましかった。

一息つき、胸にかけられている手に手を重ね、すっと外す。

豪を見つめる瞳は、何時に無く真剣な光を帯びていた。

「卑怯だと思っても構わないよ。

俺はどうしても朱美が欲しかったから。

25年間、想っていたんだ。

やっとチャンスが巡ってきたのに、これを逃すと思うか?」

普段の輝とは思えない程、余裕の無い言葉に豪は言葉を飲み込んだ。

そして脳裏に浮かぶ疑念に顔面は蒼白になり、かすれる声で輝に問いただした。

「まさかと思うが、お前…」

豪の言葉の言葉の意図に気付いた輝は、顔を少し歪め、肩をすぼめた。

深く息を吐き、言葉を続ける。

「お前、変に察しがいいな。

だからか。

忍君が豪をある意味苦手とするの、解る気がする。

ああ、そうだよ。

忍君に協力を仰いだ。

忍君には、最初から俺が朱美に惚れている事がバレていたので、忍君に彼女が出来たら、是非、俺の店で食事して欲しいと前々から言っていた。

彼女が出来た事で、絶対に朱美は自暴自棄になる事は解っていたから。」

予想通りの輝の言葉に、豪は眉間に皺を寄せ、壮大な嘆息を漏らした。

「で、強姦まがいの事をしたって訳か…」

「お前、人聞きが悪いぞ。

お互い合意の上だ。」

「酔っている人間を捕まえて合意と言えるか?

それに、輝!

俺の親父がお前と朱美の結婚を許すと思うか?

お前との結婚。

つまり、お前の親父が血縁関係になる。

俺の親父が忍の事を盲愛している事、知っているだろう?」

「その言葉、お前にそっくりお返しするよ。

俺の父親も、忍君にご執心なのも知ってるだろう?」

「…お前、まさかそれを狙ったな」

「ああ、親父に伝えたら大喜びだったよ。

自分が全てを準備するから、朱美には体一つで嫁いでこいと俺に言えと、上機嫌で言っていた。

早速、お前の父親に連絡していると思うよ。

明日当り、俺も挨拶に行こうかと思っている。」

「…やめておけ。

明日はやめろ、輝。

お前、次の日には東京湾に浮いているぞ。」

「…それは怖いな」

「よりによって、朱美だなんて…。

お前なら何も朱美ではなくても、よりどりみどり、いるだろう?

まあ、確かに俺の妹は性格はさておき、美人で頭は切れるし、スタイルもいい。

あいつは涼司おじさんと結婚すると幼い頃から豪語していただけに、自分を磨く努力だけは怠らなかった。

並大抵では無かったな、あれは。

我が妹ながら、あっぱれだと思うよ。

まあ、朱美だけではなく、おふくろも祖母もそうだけど。」

「忍君と一緒に暮らし始めて、もっと荒ましくなった、か。」

「ああ、日曜日の忍の争奪戦は毎回、鬼気迫るモノがあるな〜

俺はあれを見る度に、祖母達をアンデルセンの童話に登場する魔女の様だと思ってしまう。」

「ま、魔女か。

くっくっく、それはいい表現だ」

肩を震わせ声を殺しながら笑う輝の姿に、豪は噛み付く様に食って掛かった。

「お前は被害を被ってないからそんな事が言えるんだ。

忍に彼女が出来て相手をしてもらいない鬱憤が、何処に来るか考えた事が無いだろう?

俺に嫌みを言う事で、彼奴らすっきりさせてるんだぞ。

それも、毎々、精神的にじわじわと追い込み、俺と忍を比較して。

よく俺も我慢して彼奴らに付き合っていると、我ながら感心している。

偉いと思わないか?輝。」

一気に捲し立てる豪の勢いに、輝は一瞬目を見開き、そして豪快に笑った。
豪の様子がどうも輝のツボに入った模様だ。

涙を浮かべて笑い転げる輝に、流石に自分の様子が大人げなかった、と自分の行動を恥じた。

「いい加減、笑うのはやめろ、輝。

だんだんと落ち込んでくるじゃないか…」

はああ、と嘆息を漏らし、豪はテーブルにつっぷしたまま横目で輝を見つめた。

一瞬、沈黙が2人を包んだ

確かめる様に、ゆっくりと静かに輝に問いただす。

「…輝。

お前、本当に本気なんだな…」

「ああ。」

「そうか…。

幸せになれよ。」

「有り難う、豪。」

「但し、これだけは言っておく。

忍をダシに使うのはこれっきりにしてくれないか。

あいつは今、とても不安定な状態なんだ。

だから…」

「彼女が出来た事で、今迄の均衡が崩れかけているから、そっとして欲しいと言う事か?」

輝の意外な言葉に、豪は言葉が詰まってしまった。
自分が言いたい事が何故、解った?と豪は輝を疑視した。

「忍君の事については、前々から気付いていた。

以前から、彼は自分の中に、確かな存在を作らない様にしていたんだろう?

いや、元々、そういう感情を持ち合わせていない、忍君は。

あの事故から目覚めた時から、ずっと。

だから彼は、全ての人物に対して感情が変わらない。

お前もそれは解っていた事だろう?

そして今回彼女が出来た事で、今迄の築いた自分の感情が剥がされようとしている。

この前、彼女とのやり取りでそれを感じた。

忍君は…。

心の奥底で、自分の今ある感情を認めようとも、受け入れようともしていない。

それは「坂下忍」の完全なる崩壊を意味するから。」

輝の言葉に、呻きながら話した。

「そこまで解っていたのか。

そうだよ。

忍は今、過去の自分と今の自分とが交差している状態だ。

多分、彼女が今の忍を存在させた「核」になる人物だろう…

だがどうしてそこまで、解った?」

豪の問いに静かに答えた。

「彼は俺にとてもよく似ている。

俺の中にも忍君と似た暗い闇が、心の奥に存在すると言えばいいのだろうか…」

「輝?」

「戯れ言だよ。

取りあえず、近いうちにお前の家に挨拶にいくよ。

何時行けばいいのか、また教えて欲しい」

「そうだな」

再び豪と酒を酌み交わしながら、輝は朱美との出会いに心を馳せていた。

25年前…。

出会った時、一目で「恋」と言う感情に捕われ、その感情が自分の心に深い闇を落とす様になるとは、
その時の輝には想像する事が出来なかった…。




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