始まりの詩 その4 あのブティックから出てその後どんな会話を豪さんとしたか、はっきり憶えていない…。 色々な店に連れられて、店員に勧められる靴や下着を購入して、カフェでお茶を飲んでそして夕方には門倉の別荘に向っていた。 絹代さんがもてなしてくれて、心のこもった食事を何となく喉に通した事は解っている。 食事を終え別荘を後にする絹代さんを見送った後、豪さんに勧められるままバスルームに入ってお湯に浸かった途端、涙がぼろぼろと溢れた。 (知りたく無かった、こんな事…! 豪さんがあの人を抱いていたなんて…。 あの熱の籠った瞳を、耳元で囁く艶やかな声を、そして情熱的に求められる行為を私と出会う前に、あの人が全て受けていた…。 ううん、あの人だけでは無い! もっといたのかも知れない、豪さんと関係を持っていた女性が…) そう思った途端、心の中に暗い感情が広がって行く。 かぶりを振りながら心の中に浮かぶ思いを打ち消しても、一度浮かんだ感情はどうする事も出来ない。 ぼろぼろと溢れる涙をそのまま流させていた。 「いや…! 胸が苦しい。 こんな感情なんて持ちたく無い! だって、こんな…」 自分の中での感情の混乱がこんなにも自分を保たせる事が出来ないなんて、考えられなかった。 ううん、考えたく無い。 人の事を嫉妬する感情なんて…! 「豪さんに付き合っていた女性がいたのが、こんなにも感情を乱されるなんて思いも寄らなかった…。 だって、あの人は綺麗で上品で大人の女性で…、そして魅惑的な肢体を持っていた。男性なら誰だって惹かれるに決まっている。 そんな女性との関係を私の所為で終わらせたなんて絶対に信じられない! それ程私の事を想っていてくれたの…? ううん、自惚れては駄目よ夏流…。 そんな事なんてあり得ない! だって、今だって私と付き合っている事自体不思議だもの。 あの人だって私を見た途端、蔑んだ目で見つめたわ。 まるっきり子供で感情のコントロールすら出来ない愚かな私を…。」 そう、まるで子供…。 女として豪さんを悦ばす事なんてとても出来ない…! 流されるまま豪さんに身を任せ、快楽を引き出されて彼に縋るしか能のない…。 (知りたく無かった…。 こんな惨めで、心が痛い…。 このまま、豪さんと一緒に居たく無い…) 逃げ出したいと思う感情に捕われながら夏流は入浴を終え、豪が待つリビングへと向った。 重い足取りでリビングに入ると豪が窓際で月を見つめていた。 夏流が入って来た事を気付いた豪が微笑みながらゆっくりと夏流に近づく。 だんだんと自分に近づく豪に、夏流は顔を俯かせ部屋着を強く握っていた。 「夏流…」と呼ぶ声にぴくり、と身体を震えさせる。 無言のまま自分の視線を逸らす夏流の頬に手を添え視線を合わせようとするが、その手を遮られる。 「…今日は一人でいたいんです。 だから…」 と言い終える夏流の目に涙が溢れている。 「夏流」 「ご免なさい。 一人にして…!」 そう言って豪から離れリビングを出ようとする夏流の腕を掴み、強く抱きしめる。 かぶりを振り豪の中でもがく夏流の顎を掴み、強引に唇を奪う。 「い、いや、放して! や、やだ、触れないで…」 キスの合間に涙をぼろぼろ流し抵抗する夏流の唇を何度も奪いながら、夏流の身体を抱き上げソファに身体を鎮める。 無言で部屋着のボタンを外し身体を暴こうとする豪に、夏流の抵抗が更に強まった。 「いや、こんなの嫌、豪さん…! 私、あの女性の様に豪さんを悦ばす事なんて出来ない。 どうして私を抱こうとするの? こんな子供な私をどうして相手にするの…?」 泣き叫ぶ夏流の問いかけに真摯な眼差しを向けながら静かに言葉を返す。 「だから俺に抱かれたくない? それだけが理由か、夏流?」 そういいながら部屋着を脱がしブラのフオックに手をかけ、まろやかな胸に直に触れる。 柔らかく揉みしだく豪の愛撫に、夏流の体が跳ね上がる。 「…違うだろう? もっと違う感情が夏流を奪っているのではないのか…?」 「…」 「夏流…」 「…嫌い。 豪さんなんて大嫌い! どうしてあの人を私に逢わせたの? どうして、私があの人にあんなに言われないと駄目なの…。 子供だと言う事くらい、解っている! 豪さんに不釣り合いなだって知っている! こんな惨めで…。」 「それで…?」 「…あの人を抱いていた手で私に触れないで! イヤ…! あの人の事も私に触れる様に抱いたの? 情熱的に愛を囁いて抱いたの…? 知りたく無かった。 こんな感情…。 こんな嫉妬に駆られる感情なんて…」 「夏流…」 「こんな醜い感情に捕われるなんてイヤ…。 心が痛い。 なのに…。 貴方を今迄、他の人が触れていたと思うと胸が痛いの。 触らないで、って叫びたくなるの…。」 そう言い終える夏流の目に、止めど無く涙が溢れる。 豪に自分の表情を見せたく無い夏流は両手で顔を覆った…。 |