Act.3 恋情 その2



「お前も俺の事を戒めに来たのか、侑一…」

自称気味に笑う豪に侑一は軽く息を吐く。
何時もの様に間のあいた口調でゆったりと豪に諭す。

「僕はね。
ただ、豪と飲み明かしたかったんだ…」

微笑む侑一に豪は息を呑む。
侑一の声が微かに震えているのを豪は見逃さなかった…。


「ねえ、豪。
春菜の母親が亡くなった時の事を憶えている?」

酒を酌み交わしながら侑一が問う。
その問いに豪は少し間を置き返事をする。

「…ああ、あの時のお前は何時何があるか解らない程目を離せなかった。」

豪の言葉にくすり、と笑う。
遠い日の出来事を今は懐かしむ様に。

「そうだね。
あの時は精神が混乱していて、何時、自分の命を絶つか解らなかった。それ程、僕は菜穂の死に打ちのめされた。

そんな僕にずっと豪は付き添ってくれたね。」

「俺だけではない。
孝治も輝も、克彦も雅弘も皆、お前の事を常に気に留めていた。」

「解っているよ。
だけど、あの時豪は会えたはずだよね。
実の両親と…。
なのに僕にずっと付き添っていた所為で二度と会う事が出来なくなった…。」

侑一の言葉にごうはくつくつと笑いながら視線を向ける。

「その事を気にしていたのか?
馬鹿だな、お前」

豪の言葉に侑一は、ふと目を細め微笑んだ。

「輝がね。
あの時、初めて僕を殴った。
いい加減、ワガママばかりするな、って。

「お前の所為で豪は実の両親と会う事が出来なかった。
何故か解るか?
お前の事が心配だから、大切だから両親に会う事よりもお前の側にいる事を選んだって…」
泣きながら僕を何度も殴って僕を諭したよ。だから死なないでくれって…。

僕はね。
自分があの時初めて自分が大切だと想われているんだ、て実感したよ。
本当に僕は友に恵まれた…。
だからあの後冷静になった僕は、涙を止める事が出来なかった。
僕の所為で豪の望みを潰してしまったって。
何度も後悔した。
自分の愚かで身勝手な行動で僕は豪の夢を潰してしまった…。

ねえ、豪。
…もし、あの時会う事が出来たら、「門倉豪」に戻れたんだろう?」

侑一の問いに豪が穏やかに微笑みながら返事をする。

「それは無い…」

「いや、忍君が生まれた時点で本当は豪は後継者の座から退く事が出来た。」

「…確かに忍は「坂下」の血を引いてるからな」

「それもあって忍君を引き取ろうとしていたんだろう、あの事故の時、お前の父親は。」

「…」

「ねえ、豪…。
どうしてチャンスを逃した?
自分の生きる道を何故、切り開こうとしなかった」

「…望んではいけないと思ったからだ。」

「忍君と涼司さんの事を思って、だよね。
でも、彼女の事は望んでも良かったのではないのか…?」

「侑一?」

「僕はね。
10年前、忍君が意識を無くしたときに見舞いに行った事があるんだ。
その時、豪と彼女を見た。
豪の顔を見て僕は解ってしまった。
彼女の事を心から愛しているのを…。

僕たちには見せない顔を彼女に向けていたから。

あの幸せな顔を見て僕は心から望んだよ。
彼女と豪が結ばれる事を…」

「…」

「でも豪はあくまでも心を殺したよね。
忍君の為に…」

「忍の為だけではない。
彼女には俺の気持ちを伝えても受け入れて貰えるとは思わなかったから」

「…本当にそう思う?豪…」

「ああ…」

「豪は馬鹿だよ。
何時もそう。
人の事ばかり考えて自分の幸せは後回しにして。」

「もう終わった事だ、侑一」

「心にそれだけの熱情を秘めても、終わったと言えるの?」

「…」

「恋情を押し殺す事なんて出来ないよ。
僕がそうだから。」

「…お前も孝治も俺に何をさせたいんだ…?」

豪の問いに侑一が真摯な眼差しで豪を見つめる。
そしてこう一言、言った。

「「本当」の豪の幸せを…。
ただそれだけだよ。」

侑一の言葉に豪の目が一瞬、見開きそしてくつくつと喉を鳴らしながら笑った。

「どうにもならない事をしろとお前達は言うのか…?
俺の家庭を崩壊させる気か?
それも忍達をも巻き込んで」

「…それが豪の望みなら、僕はどんな手段を使ってもそれを叶えるよ。」

侑一の言葉に豪が思わず吹き出した。
目に涙を溜め笑いながらも豪は侑一の言葉に心の中が救われる想いに駆られた。

先程の、侑一の言葉が蘇る。

僕は友に恵まれた、と…。

自分も何度もこの親友達の存在に救われたろうか、と。

何度も自分の存在を否定していた。

「坂下豪」としか生きられない自分を受け入れながらも、それを俺は何処かで他人事の様に見つめていた。

これは仮の人生。
本当の自分は生まれた時、既に死んでいた、と…。

その中で、俺を「俺」として見つめた友達…。
そして俺が初めて心から愛した、存在…。

だが…。

「恋情は確かに俺の心の中で消える事無く、存在している。
確かに俺は彼女を愛しているよ。
この手に抱きたいと、誰にも、そう忍にも渡したく無いと思う程に俺は彼女を愛している。

この想いは誰のモノでもない。
俺だけの、そう「俺」だけの想い…。

だから彼女を巻き込む訳にはいかない。
俺の身勝手な想いで彼女を混乱させながら何をと言われても、俺は…。

彼女の幸せをただ望む…!」

「…豪」

「彼女に会うよ…
そして決着をつけてくる。」

「…本当に豪は馬鹿だ。
だけど、そんな豪が僕は好きだよ。
不器用で優しくてそして愚かな豪が…」

侑一の言葉に柳眉が上がる。
苦笑を漏らしながら、こう伝える。

「愚かは無いだろう…?」

「愚かだよ」

「お前も容赦がないな、侑一。」

豪の言葉に侑一のあの独自の声で言葉が返る…。

友との語らいで豪は自分の中に蠢いていた感情が静かに引く。

今、心に宿る想いはただただ夏流の幸せであった…。






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