Act.4 恋情 その3 「あの女、毎回毎回俺の事をコケにしやがって…! 夏流の親友だからあの女の暴言にもぐっと我慢している俺の気持ちが解るか、透流!」 美咲との会話を終えた忍は美咲の言葉に怒りを鎮める事が出来ず、直ぐさま透流に連絡し、マンションに来る事を促す。 妻である裕美は娘の睦美を伴って昨日から里帰りをしている。 本当は一緒に帰る予定だったが、急遽、仕事の都合で透流一人が残った。 その事を知っていた忍が鬱憤を晴らす為に透流を呼びつけたと言う事である…。 何時もながら透流の不運さを感じてならない…。 忍の急な呼び出しに呆れつつも律儀に話に付き合う透流も、大概人が良いとしか言えない。 「…でも美咲さんの言ってる事も最もだろう、忍」 やんわりと諭す様に話す透流に忍の柳眉がぴくり、と上がる。 目には不機嫌な光を称えて。 「…今回の話は俺にも心当たりがあるから、渋々譲歩した。 最近、俺も残業が多くて殆ど夏流に家事一切を任せていたし。」 「ご自慢の料理の腕前を披露する事無く?」 軽く片目を伏せながら、からかう様に忍に問う。 その言葉に、「そうだ」と短く言葉を切る。 忍の言葉に透流は何処迄自信家なんだ、と心の中で溜息を付いていた。 「いい加減式を挙げて、夏流には家庭に入って欲しいのが俺の希望なんだが、まだ夏流が早いと言って渋っているんだ。 まあ、母親の事が絡んでいるのは解っているが、だからこそ仕事を辞めて落ち着いて欲しい。 そう何度も言ってるのに…。 俺も早く夏流を自分のモノにしたい。」 最後の忍の言葉に透流がぷっと、吹き出す。 けらけら笑う透流に忍が鋭い視線を投げ掛ける。 更に不機嫌になっていく忍に透流は「笑いすぎた」と笑いながら謝罪した。 「…既に夏流と一緒に暮らして夏流の気持ちも手に入れて何をもっと求める?」 透流の言葉に一瞬、忍が黙り込み、そして言葉を漏らした。 その言葉に透流は言葉に詰まる。 「…なあ、透流。 もし、俺と同じく、いや、もしかしたら俺以上に夏流を愛する男が存在したとしたらお前はどう思う?」 「…俺にその事を問うのか、お前は。 残酷だよな…」 透流の言葉に、流石に無神経な事を問うたと忍は透流に謝った。 「いいよ別に。 お前の性格を俺も知っている事だし。 しかし仮にもしその男が存在したら…、お前、夏流とは結ばれる事が出来なかった、とそう思っているんだな…」 「…」 「それは俺には解らない。 その時にならないと。 ただ、もし、夏流が今の夏流ではなくお前と別れた時点での夏流なら可能性があった、とも言える。」 「…お前もはっきり言うな、透流」 透流の言葉に顔を顰めながら忍が言葉を紡ぐ。 「…でも事実、だろう? 俺はお前が夏流にした事を聞いて、あの時程お前に怒りを感じた事は無かった。」 「…」 「美咲さんだってそうだと思う。 夏流が今の状態になるまで美咲さんの存在がどれだけ大きかったか、お前だって解るだろう?」 「…解りすぎるからこそ、俺はあの女と関わりたく無いんだ。 あの女と接していると、過去の自分がどれだけ愚かだったのかを思い出させるんだ。 忘れてはいけない事だと解っている。 夏流が…、何年間も異性に触れられる事が怖くて心療内科に通って薬を飲んでいたと知った時、俺は過去の愚かな行いを心底罵ったよ。 本当に馬鹿で…、どうしようもなく弱くて恐怖から逃れる為に夏流に…」 「…」 「だからずっと会えなかった。 再会する迄の10年間、俺は夏流に会うべきでは無いと思っていた。 夏流の全てを受け止める存在になるにはそれだけの時間がかかると思っていた。 いや、本当は俺は再会するべきではなかったのかもしれない。 夏流の本当の幸せを考えたら。」 「忍…」 「綺麗ごとを言っても俺は夏流に会いたかった。 欲しかった。 愛したかった。 そう、俺は夏流を愛している…。 この気持ちを伝えたかった。 そしてこの想いが届いた時、俺は前に進んでもいいと思ったんだ。」 「…」 「この想いに色々な人々の思惑も優しさも、そして犠牲も伴っている事を俺は知った。 だからこそ俺は夏流と共に幸せになりたい。 それがその人達に返せる想いの表れだから…。」 「忍…」 「その中に当然、お前も存在しているよ、透流。 俺はお前に出会って本当に良かったと思う。 俺のワガママも、心の中の葛藤も、弱さも俺はお前には伝える事が出来る。 そんな存在を持てた俺は幸せだとそう思える。 有り難う、透流… 俺の友になってくれて…」 満面な笑みで話す忍に、透流が苦笑を漏らす。 目に少し涙を滲ませて…。 「…毎回、俺もお前に付き合っていて馬鹿だと思う時が何度もあるよ。 自分勝手でワガママで、そして子供の様に純粋で優しくて、仕事に関しては妥協を許さず自分の信念を貫いているお前が友であって良かったと俺も思うよ。」 透流の言葉に肩を揺らしながら笑う。 (本当に俺は透流と親友になれて良かった…) 一瞬、心の中に豪の想いが翳めた。 10年間、夏流を影から支え見守っていた義兄…。 心の中にどんな想いを宿していたのか、あの語らいの中で結局、知る事が出来なかった。 ただ、もしかしたら自分以上に激しいまでの想いを夏流に対して抱いているのではないのかと思う。 人の心の中など、決して判るモノでは無い…。 それが恋情なら尚更だ。 それぞれ愛し方が違う、とその事は解る。 自分は突き進んで、そして豪は最後迄見守った。 どの愛が正しいかなんて自分には判断出来ない。 そして自分の恋が実ったとしても、これが永遠に続くとは言い切れない、と。 人の運命等どう転じるか解らない。 それは自分が身にしみて経験した事だから…。 人の弱さも哀しさも、優しさも、そして愛も自分は知った。 だからこそ、「今」を大切にしたい。 (夏流…。 俺は君に出会えて本当に良かった。 君との出会いが俺を前に向わせたから。 君がいたから俺は今、ここにいる…。 そう、今、ここにいる…) その存在を思う浮かべ、忍は心の中を震わせる。 胸の中に愛おしさが溢れるばかりだ。 この腕に早く抱いてその存在を確かめたいと思いながら、忍は透流と酒を酌み交わすのであった。 ぽちっと押して下さったら、嬉しいです。 書く励みになります(深々) |