Act.2 告白



「何があったの、夏流?」

慌てて駅迄迎えに来た美咲は駅の椅子に座り嗚咽を零している夏流を強く抱きしめた。
身体に伝わる暖かい体温に気が緩み涙が溢れる。
泣き出した夏流を見て、もしかしてまた、あのワガママ男が夏流を困らせたのでは?と思い忍に対して怒りを露にする。

「また、あの男が無理難題を言ったのね、夏流」

自分の不安定な様が忍の所為だと勘違いしている美咲に訂正をしなくてはと思い、慌てて違うと泣きながら訴える。
夏流の言葉に、そんなにあの男の事を庇わなくて宜しい、とぴしゃりと言葉を遮る美咲に、「本当に違う」と何度も夏流は訴える。
流石に今回の事は忍が絡んでいないとどうにか納得した美咲は夏流を自身のマンションに連れて行き、忍に急遽夏流が外泊する事を携帯で伝えた。
急にかかって来た美咲に忍は先程の面談で、散々な目にあった事を根に持っていた所為か機嫌はすこぶる悪かった。

そして急な夏流の外泊宣言。

何、勝手な事を言ってる…、と不機嫌な様を隠す事なく声音に出し訴える。
そんな忍に美咲はくつり、と笑う。

「本当に大人の余裕すら感じられない言動ね。
ねえ、成月先生。
夏流はね、今、気持ちが不安定なの。
今迄のストレスが一気に爆発した状態だから穏やかにいさせたいの。
一日くらい、夏流に休息を与えなさい。
いや、まだ結婚もしていないのに、この言葉は不自然よね。
あんた、夏流を本当に愛しているのなら、今日一日追いつめるのはやめなさい…!」

美咲の言葉に夏流に何かがあった事を感じた忍は夏流に直ぐさま携帯に出る事を伝える。
その言葉に美咲は冷ややかな声で伝えた。

「先程から言ってるでしょう?
大人の余裕を見せたらどうかと。」

「夏流の一大事に何が大人の余裕だ…!
夏流に何があった?
言え!」

忍の殺気を踏むめた声音に美咲が静かに言葉を紡ぐ。

「今、夏流は誰にも会いたく無いのよ。
勿論、あんたにも。
だから、そっとしてあげて。
お願いだから…」

神妙に伝える美咲の言葉に増々忍は不安が募る。

「だが、夏流は…」

しのごの言う忍に美咲が一言、ぴしゃりと言葉を切る。

「いい加減にしなさい、この子供が…!
夏流を愛してるのなら、引き下がると言う言葉を知りなさい。
本当にこれ以上言う事を聞かないのなら、私はどんな手段を使ってもあんたと夏流の結婚を阻止するわよ。

私には…、その力がある、とあんたに宣告するわ。
坂下財閥の御次男で「六家」と呼ばれるあんた達にも叶わない相手が、この世にいる事を思い知らせてやる…!」

ただならぬ美咲の言葉に流石の忍も溜飲を飲む。

怒気迫る美咲の声に今回は自分が譲歩する、としぶしぶ言いながら美咲との会話を終えた。
最後に、落ち着いたら夏流に電話をくれる事を伝えて…。

やっとの事で忍との会話を終えた美咲はぼんやりと視線を泳がす夏流の肩に軽く触れた。

「大丈夫?」と労る美咲の声に反応した夏流が淡い笑みを零す。

先程の尋常ではない様子が夏流の表情からすっかり鳴りを潜めている。
取りあえずほっと肩を下ろすが、油断がならないと言う緊迫感が感じられる。

「何があったの?と聞いてもいい…?」と遠慮がちに言う美咲に夏流はくすり、と笑う。

何が可笑しいのよ、と口を尖らす美咲に自分の所為で気遣いをさせた事に夏流は謝罪した。

「ごめんね、美咲…」

「いいのよ別に、私は。
でも何があったかは、言ってくれた方が嬉しい。
夏流のなんな様子、初めて見たから…」

美咲の言葉に一瞬、躊躇いが瞳に宿ったが少し間を置いてぽつり、と語り始めた。

今日、豪と偶然に再会した事、そして彼がこの10年間、自分を見守り助けてくれていた事を…。

「…ねえ美咲。
どうして私は今迄、自分の幸せが己の努力で全て手に入れて来たと言う傲慢な考えを持っていたのかしら…」

「夏流…?」

「私、ずっと思っていた。
こんなに恵まれた環境に自分がいる事に、ただの一つも誰かの手が加わっていると思っていなかったの。
よく考えれば解る事が沢山あったのに、なのに私一つも考えていなかった。
考える余裕が無かった、と言う時期もあったけど、でもそれだけでは無い。
そんな疑問を持たなかったのよ、私は…。

私ね、美咲。
この10年間、毎日が大変で、でも充実していて、そして、とても幸せだった。

そう、私はとても幸せだったの…。」

「…」

「坂下さんが私を見守っていてくれていたんだと知った時、涙が溢れて止まらなかった。
彼は最後迄否定をして受け入れてくれなかったけど、でも、私はあの人の行為だと信じて疑う事等出来なかった。
それ程、坂下さんは優しくてそして思いやりのある人だった。

初めて学園で会った時から。」

「…」

「その優しさが自分を想う気持ちが含んでいるなんて気付かなかった。
ううん、本当は解っていたのかも知れない。

だけどあの時の私はとにかく異性が怖かった…。
触れられる事がとても怖かった!
だから…」

「夏流…」

「どうして私は解らなかったんだろう…!
あの優しい人をずっと傷つけて、そしてこれから伝える言葉でまたあの人を深く傷つけてしまう。
それが私、とても申し訳ないの…!」

「…」

「私には忍がいる…!
坂下さんの想いには応える事等出来ない。
気付くのが遅かったのよ…。
今になって知ってしまうなんて…!

私は忍を愛しているの…。
再会して忍に恋をして、そしていつの間にか忍の存在が心に深く刻まれて、忍を愛していると気付いたの。
誰よりも深く忍を愛している、だから…!
忍と共に生きる道を選んだから、あの人の気持ちは受け入れる事が出来ない…」

「夏流…!」

「ご免なさい、坂下さん。
ずっと見守って愛してくれたのに、なのに、私、貴方の想いを受け入れる事が出来ない!
出来ないの…」

それを伝える事が辛い、と涙を零しながら訴える夏流を美咲は慈愛を込めた眼差しで見つめそして優しく抱きしめた。





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