Act.10  それぞれの親友達 その3(R15)



静まりかえる部屋の中で、夏流の嗚咽だけが聴こえる。

肩を震わせ泣く夏流の肩をそっと抱き寄せる。

美咲の腕の温かさに夏流は気持ちが緩み、ぽつりぽつりと、10年ぶりに再会した日の事を話しだした…。

母親が入院している病院の屋上で再会した夏流は、その後、忍に食事に誘われて、10年前、初めてのデートで食事した「一光」に向った。

駐車場に置いてあった車の高級さに、夏流は忍の家があの、「坂下財閥」であった事を思いだした。

身につけている物も全てが一流であるのは見ていて解った。

(本当に自分とは生きている場所が違うんだ。

あの時は気にならなかったけど、今になって実感するなんて…)と夏流は心の中で呟いていた。

一光の食事は相変わらず豪華で、全てが美味しかった。

昔話に花を咲かせながら、今の忍の職業、そして何故「成月」の姓を名乗っているのか、その理由を聞いた時、
夏流は忍が歩んできた人生に胸が熱くなっていた。

そして確実に成長している姿に時々鈍い痛みが胸を襲った。

自分とは違う忍の生き様に夏流は、平坦な自分の人生が急に恥ずかしくなった。

人と比べるべき事ではない。

ましてや忍と自分とでは最初から立場が違う。

それは最初から解っているはず…。

理屈では解っていても感情では割り切れない部分があるのも、夏流は理解していた。

一光で食事を終え、帰ろうとする夏流の腕を掴み忍は、自分のマンションでお茶を飲んで行かないか、と夏流を誘った。

その目に、自分を強く望む光を宿している事に夏流は気付いていた。

一瞬、怖いと思いつつ、でも有無を言わせない忍の言葉に夏流は素直に従った。

車の中で無言が続く。

急に黙り込む忍に夏流は何を話せばいいのか解らず、居たたまれない気持ちに陥っていた。マンションに着き部玄関に入った途端、直ぐさま忍に抱きしめられ唇を奪われた。

急な出来事に驚いた夏流はもがき、何度も放す様促すが、一向に止める気配がない。

キスの合間に零れる吐息が、熱い唇が自分の耳をかすり、想いを囁かれる。

「ずっとこうしたかった。

夏流を抱きしめたいと何度思った事か解らないくらい、夏流が欲しかった。

愛してる。

もう、二度と離さない…!」

情熱的な忍の言葉にくらくらと酔う自分が存在する。

だんだんと強まる熱は夏流の抵抗を緩め、それを知った忍にジャケットが脱がされ、ブラウスのボタンが二つ、
三つ外された鎖骨に直に唇が触れられた。

肌に触れられる熱い吐息に背中が粟立つ。

身体の感触を確かめる忍の手の動きに夏流は、ぞわりとした感覚が一気に駆け巡り、意識を現実へと引き戻した。

目の前にあの時の出来事が過り忍の手の動きを制する。

力強く拒む夏流に忍は動きを止め、苦笑いをしながら、自分が性急過ぎた事に謝罪した。

その目に籠る熱はまだ自分を強く望んでいる…。

劣情を隠す事無く自分に向ける忍の視線をつい、逸らしてしまう。

ドキドキと早鐘の様に打つ心臓の音を隠すかの様に夏流は俯きながら、リビングに入った。

ソファに座る様に忍に言われ、じっとしているとコーヒーと一緒に甘いお菓子が添えられていた。

疲れた時、時々チョコレートを食べる様になった、と以前と変わった忍の習慣に夏流は微笑んだ。

隣に腰掛ける忍から漂う仄かなシトラスのコロンの薫りが変わりない事に夏流は心の中で嬉しかった。

(良かった。

まだ私が知っている忍さんが存在する…。)

自分の中で、過去の彼の姿を無意識に求めてる事にふと、気付いた夏流は改めて忍を見つめた。

さらりとした髪はいつの間にか短くなり、肩幅もがっしりと男らしいラインになって細身ながらも、逞しい体つきになっている。

手も以前に比べて骨太になり、顔も中性的な美しさの中にも精悍さを漂わせて、何とも言えない魅力を放っていて、
声も少し低音で耳障りの良い…。

過去の姿を停めていながらも確実に、一人の大人の男しての忍がここに存在する。

その忍が自分を見つめる瞳の艶やかさを、どう表現したらいいのだろうか…?

肩を寄せられる手の力強さに夏流はぴくりと反応した。

じっと自分を覗き込む瞳に、吸い込まれる様に夏流は見つめ返しながら、啄む様なキスを受け入れていた。

「これ以上は求めないから。

でも、夏流を感じさせて…」耳元に囁かれる言葉にどうして逆らう事が出来るの?

こくりと頷き、忍の甘い行為に夏流は自ずと応えていた…。






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