Act.28 変化 一瞬にして心を満たした明るい光。 会う度に、この光にずっと包まれたいと言う思いが、心の中で育っていった。 この光を手に入れる為にはどうすればいい? その感情が自分を目覚めさせる要因になるとは、あの時の俺は思ってもいなかった…。 「もう下ろしてくれないかしら、坂下君。 自分で歩けるから。」 無言で自分を抱き上げる忍の腕を取り払い、夏流は震える下肢に力を入れて病棟に戻ろうとした。 忍の元を離れようとする夏流を制し、言葉をかける。 「今日の夜、俺の兄と婚約者に会う事になっている。 今からマンションに戻って支度するから、帰るぞ。」 忍の無機質な声に夏流は、先程迄堪えていた感情が一気に爆発した。 「貴方に、どうして私はいちいち指図を受けないといけないの! 私は貴方の所有物ではないって、ずっと言ってるでしょう? いい加減に私から離れて。 私は貴方の事なんて、ううん、貴方だって私の事、好きでも何でも無いくせに。 私の体を好きに弄んだのだから、満足ではないの? 最初、貴方に関心がないから私に興味を持って告白した。 私を自分の思い通りにする事が出来たから、もういいじゃない。 そうでしょう?」 夏流の涙まじりの叫びに動じる事無く忍は夏流の腕を掴み、院外へと向う。 何度も離すことを訴えるが、聞き入れる気配がない忍に、夏流は大声を上げて叫ぼうとした。 そんな夏流に一言、鋭い言葉が心を抉る。 「自分が今後、この病院でどんな風に見られるか、考えて行動しろ」と言う忍の言葉に流石の夏流も、溜飲を飲まされた思いで言葉を封じた。 忍の瞳は何事にも揺らぐこと無く、暗い光を放っている。 「怖い…」と夏流は忍が纏う雰囲気に息が詰まり、ぞくりと体を震わせた。 マンションについた途端、忍は嫌がる夏流を寝室に連れ込み、ベットに押し倒し夏流の唇を激しく貪った。 口内を責めあげ、逃げる舌を絡み付かせ、夏流の言葉を封じ込める。 忍の一方的な行為に夏流は激しく抵抗したが、忍の与える熱に意識を奪われ、最後には為すがまま、忍のそれに絡ませていた。 繰り返される行為の合間に漏れる声が、まるで忍を誘ってる様に感じた夏流は、自分の羞恥の無さに涙を零した…。 目覚めた時、微かに忍の声が聴こえた。 誰かに話しかけている、とまだ覚醒しきれていない頭の中でぼんやりと考えた。 体を動かし起き上がろうとしたが、鉛の様に体が重く、自由が利かない。 回りを見ると既に日が影っていた。 (透流くんに坂下君の存在を知られてしまった。 それだけではなく、自分たちの関係迄…) 今まで受けていた行為が既に、何度繰り返されたであろう…。 散々抵抗しても忍の熱に全てが奪われ、最後には自らその熱を求めてる。 汚らわしい、と夏流は自分自身を軽蔑した。 こんな自分が透流の想いを受け入れてもいいはずがないではないか、と夏流は自分を罵った。 嗚咽がこぼれ、ぽろぽろと涙が落ちる。 忍と関係が深くなってから自分はいつも泣いてばかりだな、涙を拭い薄く嗤った。 無惨に取り払われベットの下に落ちている衣服を取ろうと起き上がる夏流に、電話を終えた忍が近づいた。 何も言う気がせず忍を無視し、着替えに専念した。 自分の存在を無視し淡々と着替える夏流に少し苛ついたのか、忍は夏流の肩をつかみ自分の方に向かせた。 着替えを中断された夏流は、表情を険しくして忍を一瞥した。 「何するの? 離してくれないかしら、坂下君。 着替える事ができないじゃないの。 もういいでしょう? 好きなだけ抱いたのだから、満足ではないの?」 自分でも驚くほど冷静な声に、怒りも限界値を達すると、こんなにも静かになるんだと心の中で自称した。 「…あの男は誰だ、夏流。」 不機嫌さを露にし問い詰める忍に、夏流は声を上げて笑った。 「もしかして、嫉妬しているの?坂下君。 嘘でしょう? 貴方が嫉妬なんてする訳無いじゃない。 だって、貴方は私に対して、恋愛感情なんてこれっぽっちも抱いてないもの。 ふふふ、解るかしら貴方に。 私を求める言葉が全て偽りだった… その現実を突き詰められた私の気持ちが、貴方には解る?」 忍の言葉をあざ笑う夏流に、更に気持ちが苛つき、肩を掴む力を強めた。 「…じゃあ、お前はどうなんだ? 今迄、俺の何を見ていた? 何を知ろうとした? 何を解っている? 俺がどれだけお前を望んでいたか、知っていたか? 違う。 あの時、お前が俺を望んだではないか…! だから、俺は…。 俺は7年前、あの事故から目覚めた。」 真直に迫る忍の瞳を覗き込んだ夏流は、いつもと違う忍の様子に我を忘れていた。 あの暗く深い輝きを放つ瞳ではない…。 貴方は…。 「渡さない。 絶対に、あの男には渡さない。 いや、あいつだけではなく、他の男にも絶対に。 お前は永遠に俺だけのものだ、夏流。 なのに、心を授けた笑顔をどうしてあいつに向ける? 俺の側でずっと、微笑んでくれるのでは無かったのか? あの時、ずっと微笑んで話しかけていたではないか。 悲しいときは俺に心を委ね、俺の心を求めていたではないか…。 夏流…!」 「坂下君?」 「どうして、俺を忘れた。 どうして! 俺はずっと、求めていたのに。 お前を求めていたのに、夏流!」 夏流に叫ぶその瞳には、いつの間にか涙が溢れていた。 色あせる事無く、今も思いだす…。 初めて君に出会った事を。 何も映さない俺の瞳を君は覗き込み。 そして…、まばゆい笑顔を俺に向けた。 閉ざされていた俺の心に、いつの間にか、ひとつの光が差し込んでいた…。 |