Act.27 鎖 櫻の花びらが舞う季節に私達は出会った。 母の親友の結婚式に招待された私は、式場に満開に咲く櫻の花に、見惚れていた。 ふいに後ろから声をかけられた。 「これ、君のだろう?」 呼びかける声に返事をしようとした時、強い風が吹き上げ櫻の花びらが2人の回りを包んだ。 頭についた花びらを払いながら夏流は、手渡される髪飾りに片方がいつの間にか無くなっている事に気付いた。 「有り難う」とお礼を言った時、初めて自分に声をかけた存在を見つめた。 くるりとウェーブがかかった漆黒の髪に、二重の大きな瞳。 満面の笑みで自分を見つめる彼に、一目で心が奪われた。 頬を染め、渡された髪飾りを髪に留め直そうとしたら、彼が側に来て綺麗に整えてくれた。 見つめる彼の頬にも、うっすらと朱が差さっていた。 「君、名前なんて言うの? 僕は杉原透流。 小学校4年生だよ。」 急に訪ねられ、一瞬、きょとんと見つめ、そして淡く微笑んで返事した。 「私は藤枝夏流。 私も小学校4年生だよ。」 「そっか、同じ年だね。」 「うん」 「ねえ、夏流ちゃんと呼んでいいかな? あっちにもっと沢山の櫻が咲いているんだけど、見に行かない?」 「えっと。」 「僕、君と一緒に見たいんだ」 真っ赤になって告白する透流に心が弾み、夏流は申し出に、こくりと頷いた。 その後、双方の両親に名前を呼ばれ式場に戻ったが、この出会いがまさか2人の将来に大きな陰りを落とすとは思ってもいなかった…。 「どうして、ここにいるのが解ったの?」 屋上に突然訪ねてきた透流に、疑問が浮かび質問した。 少し照れた様に頭をかき、はにかみながら透流は話した。 「実は、前々から夏恵おばさんのお見舞いに来ていたんだ。 夏流が来る土日を避けた曜日に。 多恵さんに夏流が、毎週土曜日の夕方から日曜日にかけて、泊まり込みで夏恵おばさんのお見舞いに来ていた事を聞いていたから。 ずっと、会いたかったけど、父さんの事で負い目があったし…。 それにずっと俺たちが異母兄妹と思い悩んでいたから」 「透流くん…」 「俺たちが兄妹では無い事をこの間、やっと解ったんだ。 だから、今迄押さえていた気持ちが溢れ、いても立ってもいられず、夏流に会いに来た。 それに夏流に交際を申し込んでいる男がいるって、電話で多恵さんに聞いたから…。 夏流。 まだ、そいつと付き合っていないのなら、俺と付き合ってくれないか? ずっと、言いたかった。」 突然の透流の告白に、感情が混乱して、一体、何から整理して言葉を言えばいいのか解らなくなっていた。 自分と透流が異母兄妹…。 薄々そういう間柄では無いかと、疑念が頭に過っていたのは事実だ。 親戚達に悉く自分の顔が透流の父親に似ていると言われていたし、名前も2人から一文字ずつ、つけられていたから。 最初、透流の父親と母がいとこの関係にあるから、似ていても不思議ではないと考えていた。 血縁関係で、隔世遺伝があるのは知っていたので、多分、自分の姿が曾祖母に似ていたんだろうと。 (だけど、どういう事だろう? やっと、異母兄妹では無いと解ったって。 ううん、それよりも多恵ちゃんが透流くんと連絡し合う間柄だったなんて。 全然、話してくれていなかったじゃない! 一体、どうして…!) 「さっき、夏流を抱きしめた時、俺を拒ばなかったよな。 俺の事を好きだと、自惚れてもいいのだろう?」 「と、透流くん!」 「夏流」 自分に近づき、すっと右手が自分の顎を捉える。 熱情を讃えた瞳が自分の心を縛り放そうとしない。 透流の行動を阻止しないといけないと頭で解っていても、感情を上手く扱う事が出来ない。 忘れ去る事が出来なかった相手が、自分の事をずっと想っていてくれた真実に喜びが体中に駆け巡り、夏流は胸の高まりを押さえる事が出来なかった。 透流の熱い視線を受け止め、状況に身を任せそうになった時、突然、ばたんと、扉を乱暴に閉める音が屋上に鳴り響いた。 「いい加減、俺の彼女に触れるのはやめてくれないか?」 低くて堅い声が、自分達に放たれる。 「まさか」と夏流は透流の側を離れ、顔を青ざめながらゆっくりと声がする方向に視線を向けた。 屋上の入り口に、剣呑な光を帯びた瞳で自分達を見つめる忍が立っていた。 「何故、ここに?」と問いただす前に、直ぐさま自分の腕を掴み、透流の側から連れ去ろうと忍は歩き出した。 夏流の腕を爪が食い込む程、深く握りしめる。 一瞬の出来事に呆気に捕われながらも、顔を顰め連れ去られる夏流を見かねた透流は、忍の腕を制した。 「夏流が嫌がっている。 放してやれよ。」 「部外者が、俺たちの事を言うのはやめてくれないか? 全く、目を離せばこういう事か。 夏流、俺たちがどういう関係かこの男には言っていないのか? 俺たちは、」 「やめて、坂下君!」 「…夏流はもう俺のモノだよ。 夏流は全てを俺に委ねた。 だから、君が入る隙なんてないんだよ。」 忍の言葉に表情を硬くする透流。 そんな透流の顔を視線を歪ませながら夏流は見つめた。 (知られたく無かった。 透流くんには、絶対に知られたく無かった…!) 透流に忍との関係が知られた現実に、夏流は体の力を奪われ、その場に崩れてしまった。 目には止めども無く涙が溢れていた。 冷ややかに見つめながら体を屈ませ、座り込む夏流の膝裏に手を入れ抱き上げた忍は、有無を言わずに屋上から降りて行った。 只一人残された透流は忍の告白に心が捕われ、放心状態に陥り、一時の間、その場から立ち去る事が出来なかった…。 |