Act.17  恋愛狂想曲 その3


(はああ、今日の夜、やっぱり行かないと駄目なのかな?
パパの幼なじみと逢って、一体、何が楽しいというんだろうか…。
まあ、パパの知らない一面を知るには、いい機会かもしれないけど、でも「あの」克彦さんと孝治さんが
パパの幼なじみでしょう?
類は友を呼ぶって言うけど、パパもとっても「変」だもん!
娘が言うのもなんだけど。
あんなに美形でも、性格が「あれ」ではねえ…。
どうしてああも、ピントがズレているの。
やっぱりお金持ちって、どこか性格が一般と違うのかもしれない。
じゃないと、日本有数の企業である「更科」グループの後継者は勤まらないか。
解るけど、でも、「六家の集い」に私が参加する事は別問題だし、引き合いに出す事でもないし。
最終的に言いたい事は、行きたく無い!
絶対に、でも行きたく無い!!!!!!)

心の中で絶叫した所為か、顔は蒼白で、汗がうっすらと流れて収まる事が出来ない。

はあああ、と今日、本当に何度目かの溜息だろうか、とゴチていると、担任の先生から、直ぐに職員室に来る事を促された。
はて、何だろうと?と思いながら職員室に行くと、そこには、何と真季子さんがいた。

「な、なんで真季子さんが…?」と驚いていると、あの独自の声で私に声をかけた。

「お兄様から今日の集いの為に、春菜ちゃんをドレスアップして欲しいと直にお願いされたの。
お兄様から、あんな風にお願いされる事なんて滅多にない事だから、今日、仕事を半日で済ませて来たの。
担任の先生にも理由をきちんとお伝えたから、今から帰る支度をしてきて。

あ、忍さんはいるのかしら?
是非、先日のお礼をもう一度、述べたいんだけど。」

真季子さんの最後の言葉を聞いた私は、パパのお願い以前に坂下君に会いたいから学園に来たんだと、直ぐに納得した。
真季子さんの瞳を見ると、あの、涼司さんの写真のパネルを見つめている瞳と全く一緒だった。

(ああ、完全にキラキラモードに入っている。
今朝、克彦さんに見せたあの、表情と打って変わって、なんて言うか、本当に恋する乙女!
これが本来の真季子さんなんだけど、けど…)

深く追求しそうになった思考を切り替え、私は真季子さんに、坂下君が教室に今、いるので、呼んできましょうか?
恐る恐るお伺いを立てた。

言葉を切った途端、真季子さんの目が最大限に潤んでいる。

(ああ、この顔を見ると本当に何でもしてあげたくなるんだよね。
もしかして克彦さんも真季子さんのこんな可愛い姿を知っているから、好きになったのかな?)等々、勝手に克彦さんの想いを妄想した。

教室に行くと、坂下君が椅子に座って空を見つめていた。

綺麗な横顔に、一瞬、ぼおおと見惚れていたが、かぶりを振り、戸惑いながらも声をかけた。

あの日から、気まずい雰囲気が2人の中で流れていたので、今日の真季子さんの訪問は実は非常に有り難かった。
気兼ねなく坂下君に声をかける事が出来るから…
完全に私も乙女モードに入っている、と心の中で苦笑しながら、私は坂下君に叔母が来た事を話した。

ああ、そういえば、真季子さんは私の叔母さんになるんだ、なんて若い叔母さんなんだと心の中で突っ込みながら。

「逢って貰っても大丈夫かな?
その…」

少し戸惑う私に、坂下君がくすりと笑う。

あの、いつもの坂下君の仕草に、私はずきん、と痛みを憶えた。

(やっぱり、あの事が引き金になって、私に距離を置いている)

泣きそうになる感情を抑えながら、グランドに坂下君を誘う。

ベンツの前に立つ真季子さんが坂下君の姿を見て、大きく目を見開いた。

「先日は急にお邪魔して申し訳ございませんでした。」と流れる様に話す坂下君に真季子さんの唇が震える。

そして呟く言葉に、私は思わず声が詰まった。

「…有り難う…。

貴方が生きていてくれて本当に有り難う。

忍さん…」

涙をぼろぼろ流す真季子さんに、坂下君はそっとハンカチを差し出した。

背を向けているので、坂下君の表情は解らない。

だけど、確実に彼が動揺しているのが解った。


だって、差し出す手が一瞬、震えていたのが見えたから…。

車に乗っている間、私達は無言を通していた。

横目でちらりと見つめると、真季子さんの表情は一気に引き締まり、あの何時ものゆったりとした雰囲気が全然感じられない。

ああ、これが「更科」での真季子さんの顔。

パパの片腕として、働いてる真季子さんの…。

ふと、真季子さんが私に話しかけた。

「春菜ちゃん…。

貴方を誰よりも素敵なレディに仕上げてみせるからね。

「六家」のぼんくら達に私の姪がどれだけ素晴らしいか、嘆息を漏らさせてみせるわ。

勿論、お兄様にも!

ああ、お兄様達の延び切った鼻の下を考えると今から笑いが止まらないわ!

見てなさい、「六家ジュニア」達!

何時も私達「六家ガールズ」を影で嘲笑っている貴方達に、一泡吹かしてやるから。

ふふふふふふ。

お〜ほほほっほ!」

最後の言葉を聞いて、思わず「べ、別人」と真季子さんを疑いの眼で見てしまった。

ああ、見てはならないモノを見てしまった。

そして解ってしまう、自分の感の良さに私はまた嘆いていた。

「六家ジュニア」と「六家ガールズ」って本当はかなり、仲が悪い事に…。

涼司さんを盲愛する「六家ガールズ」を密かに小馬鹿にしている「六家ジュニア」達の姿が、目の前にありありと浮かぶ。

あ、でも、パパはそうと思わないけど、だけど、「あの」パパだから、本心なんて解らないし。
実は影で、とんでもない事を謀っているかもしれない。

あのパパだもん。

ああ、増々行きたく無い。

実態を知りたく無い。

知ったら、抜け出せそうにないんだもん。

とてもバカらしい因果関係に…。




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