Act.10 「宮野孝治」、登場





その日、彼は突如、私の目に前に現れた。

その人の名は、宮野孝治。

パパの親友であり、私、水口春菜の義理の叔父でもある。

孝治さんを初めて見た時思った事は、なんてエネルギッシュで明るいんだろう…の一言であった。

全く負の感情が見えない。

坂下君と付き合う様になって彼の暗い感情を時折垣間見るのだが、そんな深く哀しい感情が全く感じられない。

そう、孝治さんはとても前向きだ。

後継者と言う立場にも、そして恋に対しても。

最初に私に言った言葉はこうであった。

「ねえ、春菜。

俺たちの関係って、結婚出来るの知っていた?」

ニコニコ微笑みながら、彼は私に告げた。

私は一体自分が何を言われたのか、考えるのに時間を要した。

側で私と孝治さんとの会話を聞いていたパパが、苦笑を漏らす。

「相変わらず孝治はストレートだな。」

そんなパパの言葉ににやり、と孝治さんが笑う。

その笑顔はまるで子供の様に感情豊かで明るかった。

朗らかな孝治さんをじっと見つめる私に気付いたのか、孝治さんは更に私にこういった。

「忍君と付き合っているって言っても、目的あっての事だろう?

どうせ真季ちゃんに頼まれて嫌と言えなかったと言うオチだとは解っているよ。

本当に、春菜も変な所で侑一に似ているな…。

もう少しはっきりと嫌な事にはぴしゃりと言うべきだよ。

そうではないと離れられなくなるよ。

忍君の持つ暗闇から。」

最後に言った言葉に、私は呆気にとられ、何も言えなかった。

(この人は…、何だろう。

パパと同じく鋭いけど、でも全然感覚が違う…)

何も言わない私に、目を細め微笑む。

熱を帯びたその瞳に私は、一瞬視線を逸らしてしまった。

「あらら、春菜は俺の視線の意味を解ったのかな?」

からかいの口調の中にも真摯な意味が含まれている事を知った侑一が、少し困惑した表情で孝治を見つめる。

その意味を知った孝治が苦笑を漏らしながら、春菜に言う。

「少し早かったかな?

まあ、いずれは本気を出させて貰うよ。

なんせ俺は君の存在を知った時点から、君が欲しくてたまらなかった。

君は侑一と菜穂ちゃんの娘だからね。」

告白されているんだ…、と知った途端、春菜の顔がみるみる真っ赤になった。

かろうじて言えるのは、「どうして?」の一言。

その言葉に反応した孝治が返答する。

「俺にとっても菜穂ちゃんはとても大切な存在だった。

義姉であり初恋の相手だからね。

それに親友の娘でもあるんだから、俺にとっては最初っから君は特別なんだよ。

まあ立て前はそれだけど、一番は君に惹かれた。

初めて会った時から。

一目惚れと言っておくよ、春菜。」

意外な孝治の告白に更に春菜は顔を赤くする。

流石に孝治の行き過ぎた告白に難色を見せた侑一は鋭い声で孝治を制する。

「…まだ春菜は嫁には出さないぞ。」

侑一の気の早い言葉に春菜が唖然としていると、孝治が豪快に笑った。

とても楽しそうに、くつくつと。



そして更にとんでもない言葉が春菜を呆然とさせた。

「でも高校卒業する頃には俺の嫁さんになっていると思ってくれ、侑一。

だから今はお前との時間を優先出来る様に計らうけど、でも来年からは俺との結婚の為に全ての時間を俺が貰う。

いいだろう?

それで。」

自分の意志に関係なく言われる未来予想図に春菜は一気に現実へと戻った。

感情が爆発して一気に捲し立てる。

「ちょ、ちょっと待って孝治さん。

私の意思は、気持ちはどうなるの!?

私…、まだ孝治さんの事何も知らないし、それに付き合っても無いのに勝手に私の未来を決めないで下さい。

私は今、坂下君と交際しているし、それに将来を他人に決められるなんて不快です!

私は私が進む道は私が決めます。

それに…、こんな強引な貴方に私が恋愛感情を持つと思うのですか?

私、傲慢な考えの男性って大嫌いです!」

真っ赤になって憤慨する春菜に孝治はくつくつと笑うばかりだ。

高々と笑いながら、そして一言、こう話を締めくくった。

「それも今だけだよ、春菜。

君は卒業後確実に俺の奥さんになるし、俺を愛する様になっている。」

自信たっぷりな孝治の言葉に、春菜はぴしゃりと言葉をいい放った。

「なりません、絶対に!」

その言葉に孝治は真剣な眼差しで春菜を捉え、そして言った。

「なるよ、絶対に。

君は既に俺のモノだ…!」

2人の攻防を呆れながらも静かに見つめる事しか出来ない侑一。

肩を揺らしながら感情を抑える事を出来ない春菜の肩をそっと抱きながら、侑一はぽそりと囁いた。

「僕が全身全霊を込めて結婚を阻止するから、安心していいよ、春菜。」

真摯な眼差しで自分に訴える侑一を今迄で一番頼りになると心の中で見直してたら孝治の言葉でそれが愚かな考えだったと
春菜は肩を落とした。

「侑一…。

俺の気持ちを知りながらも菜穂ちゃんに手を出したくせに、今回も俺の邪魔をするんだな?」

ちくちくと嫌みが突き刺さるのか、侑一は顔を引き攣らせながら孝治に言う。

「もう時効だろう、それは!」

侑一の言葉に更に嫌みを含んだ口調で言い続ける。

「お前、あの時に言ったよな?

孝治の初恋を実らす事は出来ないけど、孝治がもし好きな女性が出来たらどんな事をしても実らすと。

俺は親友の言葉を信じて、泣く泣く初恋に終止符を打ったんだけど。

あれが嘘だったとは言わないでくれよな、侑一。

俺はその後、お前と菜穂ちゃんとの恋にどれだけ心を砕いたか…、知ってるだろう?」

最後は脅迫とばかりの口調に流石の侑一も表情を硬くしたが、過去を振り返り思いだしながらも納得し、深く項垂れる。

あっけない侑一の態度に春菜は心の中で罵倒した。

(あの言葉は何だったのよ〜!!!

パパのバカー!

娘を最後迄守ってよ!!!)

心の中でさめざめと涙を流している春菜に心苦しく感じながらも、何も出来ない自分に侑一は落ち込んだ。

娘の幸せと、親友の幸せ。

どちらが大切かと言えば当然、娘と言いたい所だが、孝治の想いが真剣な事が解る故に何とも言えない。

それに忍よりも孝治の方が断然に春菜の事を想っているし、幸せにすると考えられる。

しかし親心としては、娘が後2年もしないうちに嫁に行くのか…と複雑きわまりない。

今の内に想い出を沢山作るべきか、と既に侑一の心の中では春菜が高校卒業後、結婚する事になっている。

じんわりと涙が滲んでいる事を知った孝治が、侑一に言葉を告げる。

「必ず幸せにするから…!

安心してくれ、侑一。」

自分を無視して勝手に盛り上がっている様子に春菜の怒りのボルテージは噴火し、そして2人に宣言した。

「絶対に何があっても私、坂下君と別れないから!」

春菜の告白に2人は一瞬、会話を止め、そして孝治が爆笑した。

真っ赤になって怒る春菜に一言、言う。

「それは無理だよ。」

さらりと言われる言葉に更に怒りが爆発した春菜は、孝治を見据えて言い放つ。

「ロリコン、変態!

バカ〜!!!」

捨て台詞を言い、ばたんと扉を閉めて出て行く春菜の耳に孝治の更なる笑い声が木霊し、春菜は暫くの間、怒りを鎮める事が出来なかった。





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