Act.3 リアリストとロマンチスト



(もう、何、この重い空気…。

私が言った言葉がそんなにショックだったのかしら…?


だって、そうでしょう。

付き合って一ヶ月で結婚を決めるって言うの?

確かに別れてずっと好きだったのは認めるけど、でも、結婚になると話は別!

今の私の生活環境で結婚を考える余裕なんてある訳ないでしょう。

好きだけど、でも…。

あああん、もう、今は考えたく無い!)

己の結婚発言で戸惑いを見せた夏流の態度を見た忍は、かなり落ち込んでいた。

そう、忍は夏流と再会を果たした後は、即、結婚を考えていた。

忍の10年間はその為にあったと言っても過言では無い。

交際を応じてくれた夏流の気持ちも自分と同じであると忍は初めから信じて疑っていなかった。

だが、今の夏流の反応は自分との結婚は全く持って考えていない…。

自分だけが盛り上がり気持ちを高ぶらせていたのがショックである事を、忍は夏流に隠す事が出来なかった。



ぽそりと、一言呟く。

「夏流は俺の事、愛していなかったんだ…」

忍の暗いつぶやきに、半分キレそうな夏流。

口調もつい、早口になる。

「もう、私が何時、忍さんの事愛していないって言った?

交際しているのが何よりの証拠でしょう?

大体、結婚の言葉をどうしてこう連絡事項の如く言うの!

もう少し状況というものを見てから言って。」

夏流の力説を無視して、はああ、と深く溜息をつく忍。

そんな忍の態度に夏流の忍耐はぶっつりとキレた。

「…私、帰る。

忍さん、私といても楽しく無いでしょう?

それにこのままだと食材が痛んでしまうわ。

保冷剤を入れていても、こう帰るのが遅くなると、もう!」

夏流の言葉にぴくり、と反応し、みるみる不機嫌になる忍。

「…俺よりも食材の方が心配なのか、夏流は。」

忍の言葉に、きょとんとする夏流。

「え?」

「買えば済む事だろう、そんなもの。」

「はあああ、何ですって〜!!!」

「だから、食材はまた買えばいいだろう!

今は俺の事を心配しろよ。」

忍のとんでもない言葉に、怒りを頂点にさせる。

「忍さん…。

この食材を買うのに、私がどれだけ悩んだか解る?

確かに貴方と違って私は所得もかなり低いし、生活水準だって全然違うわ。

その私が、貴方の口に合うかどうか散々悩んで買った食材なのに、それは何?

もう、我慢限界!

忍さん…。

私達、当分会うのはやめましょう。

お互い冷却期間を置いた方が2人の為だと思うんだけど…!」

夏流の発言に一瞬、ぎょっとなり、流石に自分も大人げない事を言ったなと、心の中で反省した忍は
夏流に謝ろうと声をかけたが。

悲しいかな、こういう日に限っていらぬ邪魔が入るのは日頃の行いの賜物であろうか…。

「あ、成月先生ではない?」

「あああ、ホントだ。

もしかして一緒にいる女性、噂の彼女かしら。」

「ねええ、ちょっと話しかけない?

どんな感じの方か、近くで見たいし」

「そうね〜」

同じ部署の看護師達に自分たちのデートを目撃されてる事に気付かない忍は、自分の言葉を無視して帰ろうとする夏流の腕を掴み、
思いっきり抱きしめた。

そう、公衆の面前で。

そして抱きしめる夏流の耳元で、艶やかな声で謝罪の言葉を囁いてる時、一斉に放つ「きゃああああ〜!!!」と言う歓声で遮られてしまった。

一瞬の出来事に我を失っていた夏流は、忍の同僚達の声で一気に現実へと戻った。

見る見るうちに頬が赤くなり、そして体中に怒りが駆け巡る。

(もう、なんでこういつもいつも…。

どうして昔と変わらない事をするの、この人は〜!!!!)

限界を超える怒りを鎮める事が出来ない夏流は抱きしめる忍の腕を振りほどいて、そして力の限り、突き飛ばした。

呆然とする忍に夏流は一言「忍さんのバカ〜」と捨て台詞を放ち、その場を走り去って行った。

見ては行けないモノを見た看護師達は、おのおのが心の中で呟いていた。

(あ〜あ、これから先、修羅場ね。

成月先生、かわいそう…)








web拍手 by FC2





inserted by FC2 system