Act.2  結婚偏差値



「夏流、こっちも似合うと思うけど、どうかな?」

先程から忍に付き合わされる夏流は心の中で嘆息をついていた。

(もう、これで何着目なの…)

忍の強引な提案で忍のマンションで宿泊となった夏流は、明日着る洋服を購入のため、ブティックに入ったのだが…。

試着させられる度に、購入を決定される夏流は、ほとほと困っていた。

「明日の為に一体何着買うつもりなの、忍さん…。

もう、充分だからいいでしょう?」

夏流の溜息まじりの言葉に忍はにっこりと微笑み、そして「駄目」と、一言で言葉を遮った。

「これからの事も考えて選んでいるんだから。

それにどれもこれも夏流に似合ってるんだから、いいだろう」

「もう、そんな問題ではなくって…。

金額の事も考えてよ、忍さん。

一体これ全部でいくらだと思っているの?」

「俺が全部買うんだから、夏流が心配する事ではないだろう。」

「忍さん!」

夏流の怒声を含んだ言葉を無視して会計に進む忍に、夏流はおおいに嘆いていた。

(もおおお、なんていう金銭感覚の持ち主なの!


信じられない…。

これからこんな事がたびたびあるんだと考えたら…!

いやあああああ〜!!!)

そう、夏流は何処迄も常識人であり、一般庶民であった。

ブチィックの店員の熱い眼差しを受けながら会計を済ます忍に夏流は、「相変わらずモテる人…」と心の中で毒づいていた。

そして満面の笑顔で自分の元に向う忍に軽い脱力感を憶えていた。

はああ、と深いため息を今日何度吐いただろう…と夏流は心の中で呟いた。

夏流の心情を無視した行動を忍はその後も行ったのだが…、最後には夏流は半泣きな状態で忍に懇願した。

「もう、これ以上いいから、やめて。

お願いだから、忍さん…!」

手荷物が増える度に夏流の心労は大きくなっていた。

そう、忍は購入した物を後から配送という手段を取って迄、夏流の身の回りの品を購入していった。

目の前にはじき出される金額に目眩を憶える…。

「信じられない…。

一体、明日の為に何でそこまでお金を使うの…?」

「いいだろう、別に。

稼いだお金をどう使おうと俺の勝手だろう。」

しれっ、と一言で終わる忍に夏流はだんだんと付き合うのが怖くなっていた。

今後の事を思い、一言言った方がお互いの為だと、夏流は意を決して話したのだが…。

「…忍さん。

私、ここまでして貰う権利はないんだけど。」

夏流の言葉をどう解釈したのか、忍は少しむっとなり、夏流に反論した。

「何言ってる、夏流!

夏流は俺の恋人であり、未来の奥さんなんだから。

妻になる女性にお金を使うのは当たり前だろ。」

突如言う言葉に、夏流は一瞬、目を見開いた。

何を言われたのか理解するのに、少しの間、時間を要した。

「…え」

言える言葉がそれしか出ない夏流に、忍は真顔で言葉を紡いだ。

「今すぐにでも夏流には俺のマンションに引っ越して欲しいし、結婚も近々、考えている。

勿論、夏流の叔母さん夫婦に挨拶を済ませてからだけど。

夏流、俺と結婚して欲しい。

夏流は俺との結婚が嫌か?」

忍の口から出る未来計画に、夏流は本気で倒れたい心境に陥っていた。

(何、これ…。

この強引さと言ったら…!

10年前よりも更に酷くなっているじゃないの!

それにプロポーズの言葉を出すのに、こんなムードも感動も無いなんて…。

もう少し、情緒と言うモノを考えてよ。

ああ、もう!

性格って、一生、変わらないの…?)

よろよろと倒れそうになる身体と心をどうにか保ちながら、夏流は忍に懇々と話した。

「もう、一気に何を言ってるの、忍さん!

こういう事は段階を進めてからと、以前から言ってるでしょう?

なんでもかんでも忍さんは、早すぎるの!

それに、私は結婚なんて…。

交際が始まって一ヶ月でしょう?

まだ、早すぎるわ…。」

夏流の言葉に一瞬、疑いの眼で見つめる忍。

余りにも信じられない夏流の態度に、今度は忍が戸惑っていた。

「…え?」と言葉を言うのが、やっとである。

微妙な雰囲気になったな…と心の中で夏流は本日、最大の溜息を漏らした。

(ああ、もう、どうしてこうなるの…?)

項垂れる夏流に、呆然とする忍。


夏流の心労は忍のマンションに帰る迄、まだまだ続くのであった…。








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