Act.1 恋人達の甘い一時



「今から迎えに行くからそこで待っていて。」

電話を終え極上の笑みを浮かべながら帰宅の支度をする忍を、同僚達は何とも言えない様子で窺っていた。

ひそひそと話し合う看護師達。

「ねえ、成月先生ってあんな感じに微笑んだ事ってあったかしら?」

一人の看護師が言葉を投げかける。

「無いわよ。

いつもクールで厳しくて。

でも、時折見せる笑顔が何とも言えない程、優しいけど、でもあんな風に幸せな笑顔は見せた事無いわ。」

うんうん、と同意する看護師達。

「じゃあ、やっぱりあの噂は事実だったなんだ…。

成月先生に恋人ができたって言う噂。」


「え〜!!!!

うそ、初めて知ったわ。

それ何処の科からの情報?」

「う〜んと外科外来からの情報だけど。

そこの看護師が成月先生と彼女らしきと女性が、フレンチレストランで食事していたって。

とても綺麗な人だって言ってたわ。」

「うわ〜、ショック。

私、成月先生に好意を持っていたのに。」

「え〜、貴女も。

そうよね。

成月先生に憧れない女性っているのかしら。

あんなにハンサムで仕事が出来て、そして財閥の御曹司となると、パーフェクトじゃないの。」

「財閥の御曹司って?」

「これは内科病棟の受付からの噂だけど、「あの」坂下財閥の御曹司だって言う噂よ。」

「えええええ〜!!

坂下財閥って…。」

「そう、日本有数の財閥の一つである、坂下財閥の次男だって。」

「あの「六家」財閥ね。

え〜、どうしてその御曹司が、総合病院の外科医になっているの。」

「そこが成月先生の最大の謎だって。」

「う〜ん、ミステリアス。

ますます好きになりそう。」

「そうなんだけどね〜。

でもあの様子では彼女にぞっこんだし。

諦めるしか無いわよね。」

はあああ、と壮大な溜息をつきながら、それぞれ各自、仕事に戻った。


駅前にある駐車場に車を置き、待ち合わせ場所に向うと既に夏流が待っていた。

息を弾ませながら夏流の元に向う忍を見て苦笑を漏らす。

「そんなに急がなくても時間通りじゃないの。」

夏流の言葉に忍は、柔らかく微笑んだ。

「夏流に一刻も早く会いたかったから、走ってきたのに、そんなつれない事言うなよ。」

忍の甘い告白に頬を染める。

視線を逸らし言葉を詰まらせながら、夏流は言葉をかけた。

「今日ね。

夕食の買い物を済ませたから、私のマンションで食事をしないかな?と思って。」

夏流の提案に少し思案し、そして忍は自分の気持ちを伝えた。

「じゃあ、俺のマンションで食事を作ってくれよ。

そして今日はそのまま泊まって、明日帰ればいい。」

急な忍の提案に、一瞬戸惑う夏流。

そんな夏流の様子を見て、忍は熱っぽい視線で夏流を見つめた。

自分に艶やかな眼差しを向ける忍を夏流は直視する事ができず、思わず俯いた。

そっと夏流の髪を梳き耳元に唇を寄せ、甘く囁く。

「付き合いだしてもう一ヶ月になった。

俺は充分に待ったつもりだけど。

今すぐ夏流が欲しい。

夏流は俺の事が欲しく無い…?」

甘い吐息が耳朶を擦り、夏流はぞくりと身体を震わせた。

身体に起こる甘い疼きを忍に悟られるのが恥ずかしくて、つい、そっぽを向く。


「…どうしてそう恥ずかしい言葉をさらりと言うのかな?」

口を尖らせ言葉を紡ぐ夏流が可愛くて、忍はくつくつと笑いながら夏流の手から買い物袋を奪う。

「確信があるからに決まっているだろう、夏流。

着替えとか、必要な物は今から買いに行こう。」

「なんでそんなに自意識過剰なの!

私だけいつも振り回されて…。

もう、知らない!」

夏流の余りの可愛いそぶりに破顔しながら、すうと夏流の手を握った。

絡められる指の温かさに、夏流は高ぶっていた気持ちがだんだんと落ち着いていく…。

(きっと私は、これから先もこんな風に忍さんに振り回されるんだ…)



心の中で溜息を吐きながら、夏流は忍と一緒に街中へと歩いて行った。








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