噂の彼氏 その5 前編



「ねえ、今日の先生、超機嫌が悪くない…?」

「もう朝から不機嫌なオーラを醸し出しているわよね〜」

「あははは、だって今日、医療面談の日でしょう?
損保会社との。」

「あ、そっか。
それでか…。」

「どういう意味?」

「それはね…」と言おうとした事務員に看護師が雑談を控える様に伝える。
忍の機嫌が増々悪くなっている、と言う言葉を添える看護師に職員一同が深いため息を零す。

そう、今日は忍にとって厄日と言っても過言ではない日であった…。

「成月先生…。この患者さんの医学的所見、前回の回答を拝見しましたが、一体どういう見解をおこなっているのですか!」

強い口調で患者の医療調査の面談を行っている調査員に、忍は辟易していた。
思わず溜息を吐く忍に調査員がギロリ、と不機嫌な様で忍に視線を落とす。
出る言葉に忍の怒りが沸々と込み上がる様を、看護師達は、はらはらしながら少し離れた場所で、静観していた。

「…ちょっと私が真面目に問いただしているのに、その態度は何?」

調査員の物言いに忍がかっとなり、感情に走り声を荒げる。

「お前のその物言いはなんだ?
それが面談を望む者の態度か…?
ええええ?」

落ち着きを無くしイライラした口調で話す忍に、冷ややかな視線を投げかけるのは、損保会社の調査員で夏流の親友でもある美咲であった。

「へええ、天下の成月先生ともあろう方が、まあ、なんて言う言葉使いなのかしら?
ホント、夏流も偉い男に捕まったわよね…。
言葉使いのなっていない常識を持ち合わせていない男の婚約者なんて…」

ふふふん、と思いっきり嫌みを言う美咲に忍が殺気立った視線を投げ掛ける。

「今回の面談に夏流は関係ないだろう…?」

「あら大有りよ。
だってこの後、私、夏流とカフェに行く約束をしているんだから♪」

美咲の言葉に忍の不機嫌さが増々強くなっていく。

「お前、夏流とこの後、会うつもりか?」

「そうだけど、貴方の許可を貰わないと夏流と会う事が出来ないの?
違うでしょう?
夏流は貴方の所有物ではないのに、私が会おうとしたら何時も邪魔して…。
仕事も、お母さんの事もあって尚かつ、家事一般を殆ど夏流が賄っているのにどれだけストレスが溜っているか、あんた、知らないとは言わせないわよ?」

「…」

「あんたがいるから夏流はストレスなんて無い…とは言わないよね?
子供じみた嫉妬の塊のあんたの相手をしていて、話の噛み合ない会話が続く生活に夏流の気疲れってどれだけ進んでいるか知らないでしょう?」

「そ、そうなのか!」

初めて聞く美咲の言葉に、夏流は自分と同棲をしていてそれ程心労が祟っていたのか…、と気付く事が出来ない自分に忍は項垂れた。
そんな忍の様子を更に冷ややかに見つめ、冷たくあしらう美咲に、静観していた看護師達は心の中で深く忍に同情した。

「ねえ、成月先生…?
今日、夏流、帰りが遅くなるので食事は適当に行っていて下さいね。
その事、夏流に伝えておくから」

美咲の言葉に忍は「何を勝手な…!」と言葉を紡ごうとしたが、先程の美咲の言葉が心に突き刺さり言葉を発する事が出来ない。

「では、今回の面談、有り難うございました。
今後も色々と宜しくお願い致します。」と思いっきり嫌みを含めた美咲の口調に、忍は既に反論する気力すら持ち合わせてなかった…。

「…と、言う訳で今日はとことん、遊びましょう♪」

医療面談を終えた美咲にランチに誘われた夏流は先程の忍との会話を聞き顔を引き攣らせていた。

「み、美咲、どうして忍に対して辛辣なの?」

「あのね、夏流?
今の自分の立場、よく考えてみて?」

「美咲?」

「夏流…。
幾ら同棲しているからと言って、家事全般夏流が担当しているんでしょう?
常勤で働いて、仕事を終えて何時も病院に立ち寄ってそれから食事やらあの男の身の回りの世話をして…。

それだけでは無いでしょう?夏流…。
あの男の異常な嫉妬心に夏流、拘束されているじゃない!
親友の私に逢う事だって時間単位で決められて、何分ごとにメールが来るのよ!
本当に質が悪いわ、あの男!
今でも遅く無いわ、夏流…!
婚約を破棄してもっとマトモな男と付き合いなさい、紹介するから!」

「…美咲ったら」

自分を思っての美咲の言葉に思わず口調が漏れる。
そんな夏流に美咲が「何よ…」と口を尖らせ夏流に反論する。

「夏流…。
これから先、あの男が変わらないと夏流はもっとしんどい思いを味わうわよ。
だから…」

「そうね。
でも、忍の事が大切だから、だからいいの」

そうい言って淡く微笑む夏流に美咲は言葉を噤んでしまった…。

「じゃあ、今日はこれでね、美咲。
とても楽しかった。」

「また何かあったら遠慮なく言いなさい、夏流」

「ふふふ、有り難う」

お茶を終えカフェを後にした夏流は百貨店の地下街に忍の夕食の支度の為に立ち寄ろうとしていた。
一階のフロアーで今回、新たにオープンしたブランドショップの所為で客並みが半端ではない。

(流石にこの時間は多いわね。
仕事帰りに皆、買い物する考えは一緒だもんね〜)

と考えていると、自分を呼ぶ声が聞こえる。

思わず振り返ると忍の義兄、豪がオープンしたブランドショップの前に立っていた。

「さ、坂下さん…」

「久しぶりだね、元気そうで何よりだ」

穏やかに微笑みながら夏流に話しかける豪に、夏流は言い様もない気分に陥っていた。
豪の言葉にどう答えたらいいのか返答に困る、と言うのが夏流の心情だ。
つい、後ずさりそうになる自分をどうにか心の中で叱責して止まらせていた。
自分を見つめる夏流の表情が緊張している様に豪がくつり、と笑う。

「この百貨店の最上階にあるカフェのフルーツタルトが美味しくて有名なんだが、良かったら一緒に行かないか?」

急な豪の誘いに夏流は戸惑いを隠せない。
思わず俯く夏流の腕を強引に掴み、豪は上得意のみが使用する事が出来るエレベーターを使って夏流を伴い最上階へと上がった。




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