噂の彼氏 その2



「お待たせ、忍」

駅前に着くと既に忍が噴水の前で待っていた。

「ごめんね。

かなり待ったのでは無いの?」

夏流の言葉に忍はふわりと微笑み「先程着いた」と夏流に話す。

忍の横にいた女性が夏流の存在に気付き、顔を引き攣かせながら、すっと側を離れた。

その様子を見つめていた夏流に、「道を聞かれた」と短く言葉を切る。

またか、と夏流は心の中でうんざりしながらも、忍に「何人の女性に声をかけられたの?」と聞いた。

夏流の問いに苦笑を漏らし「今の女性を入れて4人」とはっきりと答える。

「少しは妬いてくれた?」と少しトーンが高くなっている声音の忍に、夏流は首を横に振る。

夏流のつれない様子に忍は、ふっと、息を吐いた。

「ねえ、夏流?

夏流は俺がモテる事に嫉妬した事は無いの?」

自分がモテる事をはっきり言う忍の言葉に、ぷっと笑う。

「忍がモテる事にいちいち嫉妬してどうするの?

今に解った事では無いし…」

夏流の答えが気に入らなかったのか、忍は不機嫌な様子を夏流に隠す事無く見せる。

そんな忍の様子に「もう何を拗ねているの?」と笑いながら忍の腕を取った。

腕に伝わる忍の熱を感じながら、夏流は心の中で思っていた。

(そう、今更嫉妬しても、どうしようもない事…。)



「夏流、食事迄まだ時間があるから、ちょっと俺に付き合ってくれないか?」

「何処に行くの?」

夏流の言葉に微笑みながら、「着く迄ナイショ」と片目を瞑る。

「え〜、ナイショなの?」と夏流は忍に何処に行くか教えて欲しいと強請るが、忍は微笑んだまま
その場所に夏流を案内した。

着いた場所は百貨店の中にある高級宝飾店。

「お待ちしていました、成月様」と言う店員の言葉に、夏流は首を傾げる。

「夏流、今から見せる指輪の中で気に入ったモノがあれば言って欲しい」と言葉をかける忍の頬が少し赤いのは
気のせいであろうか…?

店員に見せられる指輪を見て、夏流は忍の意図が分かった。

「もしかして、婚約指輪…?」

「ご名答。

付き合い始めた時、夏流に指輪を贈ったけど、でもそれは恋人として贈った物だし…。

夏流が一生涯、俺のモノだと主張したい。

だから一緒に選ぼうと思って、この店に前もって言っておいた。

どれがいい?」

忍の少し子供じみた言葉に夏流は笑いながらも、心の中で喜んでいた。

私も忍が永遠に自分のモノだと主張したいと言えば、忍がどんな反応をするのだろうか?と思いつつ、
色々と目の前に出る指輪に目を見張る。

どれも夏流の想像を遥かに超える金額が付けられていた。

言葉を失う夏流の様子に気付いた忍は「…また、金額の事を考えた?」とからかいながら夏流に言葉をかける。

こくこくと何度も頭を上下に振る様子に笑いながら忍は、「一生の問題だから夏流の気に入った指輪を選んで…」と
そっと夏流の耳元に囁く。

どこまでも甘い忍の言葉に夏流は一瞬にして真っ赤になった。



「有り難う、忍…」

婚約指輪が決まり、サイズをなおすのに一週間かかるとの店員の言葉に忍は「なるべく早めにお願いします」と真剣な趣で言葉をかける。

忍の様子に夏流は苦笑しながらも、今日の出来事に密かに感動していた。

薔薇を象ったダイヤの指輪。

それが夏流が選んだ指輪だった。

結婚指輪はまた日を改めて一緒に選びに行こう、と言う忍の言葉に夏流は涙を浮かべながら、「うんうん」と何度も返事する。

初めて見る夏流の様子に忍は胸の中が熱くなり、今すぐにでも夏流を抱きしめたい心境に駆られていた。

忍の熱っぽい視線が夏流の視界を覆う。

求められてる…と、忍の艶やかな光を放つ瞳に夏流は瞼を伏せ、そっと忍の指に自分の指を絡ませた。

自分も忍の事を求めてると言う気持ちを、指を絡ませる事で忍に伝える。

夏流の気持ちが伝わったのか、忍の頬が赤く染まった。

「さ、さて、夏流、行こう…」

言葉に詰まる忍の様子に夏流は微笑んだ。



今から忍と行こうとする場所で夏流は、忍の想いの深さを改めて実感するのであった…。




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