噂の彼女 その5(R15)




「あたま、痛い…」

頭痛がする頭を抑え、夏流はふらふらする体をどうにか気合いを入れてベット起き上がり、引き出しから体温計を取り出し熱を測る。
体温計を見ると38℃を軽く超えていた。

(こ、これ、物凄くヤバいかも…。
関節も痛いし、喉も異物感があるし、ま、まさかインフルエンザかな?)

と呻く夏流に、目覚めた忍が声をかける。

「お早う、夏流。
ん?
どうかしたのか?」

夏流の様子がおかしいのを察した忍がベットから起き上がり近づこうとするのを、夏流は手で忍を制する。

「だ、駄目よ、忍!
私に近づいたら駄目。
わ、私、今高熱で、関節が痛くて、はあ、も、もしかしてインフルエンザ…」

と言葉を続けようとするが、熱がまた上がりだし、目の前がくらくらする。
「忍にうつったら…」と言葉を紡ぎながら夏流はその場に倒れたのであった。


「ねえ、今日の成月先生、診察マトモに出来るのかしら?」

「無理無理。
今朝の成月先生の様子を見たら、無理でしょう、あれは…」

「聞いて驚いたわよ。
早朝、成月先生ったら、スウェットスーツのまま、彼女を抱き上げて病院に駆け込んで来たんですって。
もう、あんな必死な成月先生は初めて見たって内科の看護師が言っていたわ。」

「目は血走っているし異様な空気を纏いながら言う言葉が、「もし、夏流の意識が戻らなかったら、どうなるか解るだろう?」
と内科の先生を脅迫したって。
内科の先生、成月先生の形相に恐れをなして彼女の診察を拒否ろうとしたみたいだけど、成月先生が頑として許さなかったみたい。」

「で、その彼女の病状は何だったの?」

「…疲労による風邪だって」

「…」

「で、成月先生の様子は」

「見たら解るでしょう?
今にも死にそうな形相よ」

「ただの風邪でしょう?」

「そうだけど…」

「…彼女、深く愛されて本当に幸せね。」

「いや〜、どうかしら。
確かに成月先生に深く愛されているけど、一つ間違えると愛情ではなく、あれは執着。
異常過ぎて私は怖いわ。」

「あああん。
私も成月先生に深く愛されたい〜!」

「同感」

と、何時もなら受付の職員のおしゃべりに青筋を立てながら診察をする忍だが、今日の忍は何時もと様子が違っていた。

何事にも上の空であった…。

(な、何があって夏流は風邪を引いたんだ?
何時も三食、規則正しい時間に食事をするし、食材だって厳選したモノで作っているし、栄養のバランンスだってちゃんと取れている。
仕事のストレスだろうか?
無意識に夏流はストレスを溜め込むから、そうかも。
でも、もしかして俺との同棲の所為か?
家事の負担も増えたし、母親の病院にも通っているし…。
ああ、いい加減、夏流には主婦として専念する様に測らないと駄目だな。
夏流の叔母夫婦に夏流の風邪が治ったら、直ぐに会いに行こう。
そして結婚の承諾を即、貰って大安の日に婚姻届を役場に出して、夏流に仕事を辞める様に勧めよう。
式はいつでも出来る様に輝さんのホテルに予約を入れて。
夏流の事だから、仕事はすぐには辞めないと言うだろうが、今回は俺は絶対に譲れない。
夏流には家で大人しく、過ごして貰う。
しかし、どうしてこうなった!
な、夏流…)

と考え込む忍に内線が鳴る。

夏流が目覚めた事を聞いた忍は、直ぐさま夏流の病室に向ったのであった…。

「忍、ご免なさい。
心配かけて…」

点滴と抗生剤の効果が成したか、比較的にしっかりした様子で忍に話しかける夏流に、忍は深く息を零し夏流の側に詰め寄った。
そっと唇にキスを落とし夏流を見つめる。

「そ、そんな事をしたら風邪がうつる」と顔を真っ赤に染めながら忍に訴える夏流の手を取り、忍は真剣な趣で夏流にこういった。

「夏流、結婚しよう!」

忍の急なプロポーズに、一瞬、目が点になり思考が止まる。

まだ熱っぽい頭で動かない思考をどうにか動かし、何故、そういう事に展開したのか考えつつ夏流は忍に話しかけた。

「な、何があったの、忍。
まさか、私の風邪が原因でプロポーズまで展開した?」

夏流に言葉に忍が頚を縦に振る。

「ねえ、何時も言うけど、もっとマトモなプロポーズの演出を考えてはくれないの?」

溜息を零しながら言う夏流に、忍が何時もとは違う表情で夏流に訴える。

今にも泣きそうな情けない程、弱々しい忍の形相に、夏流は目を見開いた。

「夏流は俺がどれだけ心配したのか、解っているのか?」

「…え?」

「熱は上がるし、意識が朦朧としてぴくりともしない身体を抱きしめながら俺がどう思ったか、解るか?
俺はまた、一人になるのか…。
俺を一人にしないでくれ!
夏流。

お前が死んだら俺は生きていられない…。
どうしてこうなった?
毎日規則正しい生活を営んでいるのに、夏流の体調管理の事誰よりも気遣っていた、俺が何たる失態かと責めたよ。
夏流…、仕事でもストレスが溜っているんだろう?
母親の看病に、俺との同棲で時間に追われてこうなったんだろう?
直ぐに結婚しよう。
夏流は家庭に入って、もっと楽をしないと駄目だ。
生活は俺の給料で充分、やって行けるだろう?
え、もし、足りなかったが俺の資産を取り崩すから!
だから、明日叔母さんに…」とだんだんとエスカレートする忍の言葉を夏流は強引に遮った。

こほん、と咳き込む夏流に忍が心配し、夏流の背をさする。

「…ねえ、忍。
私の体調管理に気を使っている、て言うけど、一つだけ忍は私に無理強いしているわ」

「…え?」

耳迄真っ赤にしながら、小さな声で言う夏流に忍が頚を傾げる。

「…もっと、私を求める回数を減らして…」

「…」

「…あ、朝方迄、毎日求められたら、わ、私の体力だって落ちるわよ!
あんなに激しく毎日、意識が失う迄されたら体力だって消耗するわ…。
栄養ドリンクとか、いくらバランスが取れた食事をしていても睡眠不足がたたると体調を崩すって言う事がどうして解らないのよ!
も、もう、私にこういう言葉を言わせないで!
は、恥ずかしいんだから…」

言い終えた夏流は、余りの自分の言葉に恥ずかしくなり枕に顔を突っ伏した。

そんな夏流に忍は優しく髪に触れ耳元でこう囁いた。

「それは無理!」

キッパリ言う忍の言葉に、一気に顔が真っ青になり熱がぶり返しそうになる夏流。

「…今だって夏流が欲しくてたまらないのに、それをぐっと我慢している俺の気持ちが解るか?
あれでも俺は加減しているんだ。
夏流の体調を考えて。」

と至極真面目に言う忍に、夏流は天を仰ぎたくなった。

(あ、あれで加減???
う、うそ…。
じゃああ、手加減無しって言ったら、私、一体…)

いやあああ、と心の中で叫びながら夏流はぷっつりと意識を失った…。


「だ、だめ、忍…。
これ以上は無理…」

三日後、すっかり風邪が良くなった夏流は、その夜、忍に求められていた。
三日間愛せなかった鬱憤が爆発し、何時にも増して深く求める忍に夏流の体力は既に限界に至っていた。

「この三日間、夏流を抱く事が出来なくてどれだけ俺の心と身体が渇いたか。
今日は朝迄、離さないから」と言う忍の目の艶やかさを見た夏流は背中に冷や汗が流れる。

(こ、これはいや。
も、もう無理…。
こんなに激しく求められたら、ま、また体調を崩して熱が…)と思考が捕われいてるのを察した忍が熱い息で耳元を翳める。

「俺が求めている時に何も考えるな」と夏流の腰を掴み、動きを早める。

何度目かの絶頂の中で、夏流は妖艶に微笑む忍の壮絶な迄の美しさを見つめながら、意識を失っていった…。

朝。

ふと、左腕の違和感に気付き目を覚ます。

(あれ、何かちくりとする…?)

ぼんやりとした意識が覚醒して起き上がろうとする夏流の身体を優しく制して、忍が淡く微笑む。

「え?」と自分の左腕を見つめると左腕に点滴が施されている。

驚く夏流に、忍が蕩ける様な微笑みを向けながらこう言葉を言った。

「俺も馬鹿だったよ。
どうして疲労回復剤と栄養剤を点滴で毎日、夏流の身体に施す事を考えなかったのか。
本当に医師でありながら、何たる失態だと思った。
夏流…。
これで全ては万端だから、何も心配しなくていい。」

と近づきキスをする忍に夏流は顔を引き付けながら心の中で思いっきり叫んだ。

(論点が違うって〜!!!)

その後、夏流がまた風邪を引いたのは定かではない…。




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