噂の彼女



「あら、忍からメールが入ってる。

え、急に夜勤が入ったって…」

夏流が忍と暮らし始めて2ヶ月が経った。

(最初、この広々としたマンションで生活するのにかなり戸惑ったけど、慣れると人って怖いものねえ…。

今となっては勝手が忍より私の方が解っている。

さて、今から夜食の準備と着替えを持って病院に行かないと…)

忙しい、忙しいと呟きながら夏流は準備に取りかかった。



夜8時。

「さて、忍は何処にいるかしら。

外来受付で聞いた方がいいわよね?」

夜食と着替えを持って忍の勤めている病院に着いた夏流は、外来受付にて忍の呼び出しを依頼した。

時々、自分を見つめる目が、好奇の光を帯びているのは気のせいであろうか…?

ひそひそと話し声が微かに聞こえる。

(ねえ、もしかしてあの女性が成月先生の彼女かしら。)

(絶対、そうよ!

だって、噂通りじゃない?

悔しいけど、綺麗な人よね)

数分後、息を弾ませながら忍が夏流の元に走って来た。

「済まない、夏流。

わざわざ俺の為に夜食と着替えを持って来てくれて。」

忍と夏流の会話を聞こうと、数人の看護師達が壁際に隠れていた。

夏流との会話に夢中な忍は見られている事にまるっきり気がつかない。

「ううん。

ご免なさいね、私の方こそ仕事中に呼び出して。

それよりも大丈夫?

明け方迄、仕事でしょう?

身体は大丈夫なの?

仮眠を取れる時間はあるの?」

夏流の気遣いに忍は、ふわりと微笑んだ。

見た事も無い忍の微笑みに、影で見ている看護師達は一斉に頬を染める。

思わず歓声を上げそうになる看護師まで出る次第だ。

「大丈夫。

それより、明日一日休みが取れそうなので、夜は俺が食事を作っておく。

それとも食事に行くか?」

忍の言葉に夏流は優しい笑みを浮かべた。

「いいのよ。

明日はゆっくり身体を労って休んでいて。

夜、何が食べたいか考えていてね。

後、これは他の職員さんに差し入れ。

甘いモノを買って来たから休憩の時にでも」

「…有り難う」

「じゃあ、私、帰るね。

仕事、頑張ってね。」

踵を返し帰ろうとする夏流の腕を掴み、忍は翳める様なキスを夏流に与えた。

一瞬の出来事の驚き、言葉を失う。

そして見る見るうちに頬を染め、忍に非難の言葉を言った。

「もう、ここは職場でしょう!

こんな事して…。

不謹慎な事は駄目でしょう!」

夏流の言葉に、忍は器用に片目を瞑って微笑んだ。

「充電だよ。

じゃあ、戻るよ。

夏流、有り難う…!」

忍の言葉にますます頬を染めて、夏流は忍の姿を見送って病院を後にした。



影で見ていた看護師達の反応は荒ましかった…!

「きゃああああ、成月先生。

な、何あれ…!

普段の先生には想像出来ない事をしている。」

「うわあああん、彼女が羨ましい!

聞いた?あの言葉。

ご飯の準備だって!

料理出来るなんて、なんて理想!

ますますファンになっちゃう!」

「あ、甘い。

あんな事をするなんて、成月先生、別人…???

それにあの蕩ける様な笑顔…。

先生怖いわ…!」

各々が見た忍の行動は病院全体の女性職員に知れ渡り、そして、更に人気が高まったのは
言う迄も無い事であった…。


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