Act.6 「永遠」という言葉を貴方は信じますか…?



しゃかしゃかしゃかしゃか…。


「何度も何度も磨いても、感触が消えない…
坂下忍のバカヤロー!!!
女をなんだと思ってるのよ。
く、悔しい〜!!!」

帰宅した夏流はすぐさま、洗面台の前に立って、歯を磨きだした。

唇に残る忍の感触を消したくて…。

だが、磨く度にその行為を思い出し、最後には自己嫌悪に陥る始末。

「どうして、止める事が出来なかったのかな?
そうよ、きっと、豹変した態度に遅れをとってしまったんだわ。
私とした事が。
もう、ばかばかばか!」

明日から忍が迎えに来るかと思うと、憂鬱を通り越して、登校拒否をしたいと思いながら、もし休んだら、出席日数が足りるかしらと
真面目に計算する夏流。


ああ、本当に明日なんて永遠に来なかったらいいのに…。

長い間、鬱々と悩みながら夏流は、眠れぬまま朝を迎えたのであった。


朝8時。

宣言した様に忍は律儀に、夏流のマンションの前迄、迎えにきていた。

やはり、昨日の事は事実だったんだと、妙に醒めた気分で忍の迎えを受け入れた夏流は、重い足取りで学校に向かった。

登校時に自分に注ぐ視線の痛さ。

嫉妬と好奇心にさらされている自分の不遇を呪いながらも、夏流は努めて冷静を装った。

隣にいる忍が相変わらず、涼しい顔のままだ。


どうして、自分なんだろう?

改めて夏流は忍の顔を見つめた。

確かに綺麗な顔をしている。

普通、忍から告白されると、大抵の女子は頬を染め顔を綻ばすであろう。

自分があの場面を見なかったら、多少なりの好意を持てたかもしれない。

あの告白の場面。


告白…、いや、今考えると、あれは別れの場面ではなかったか?

あの時、忍はなんて言っていた?

あ、そうだ。

彼はこう言っていた。

彼女が涙を流しながら、気持ちを伝えているのに、彼は冷ややかな瞳で、こう言い放った。

「もう、厭きたんだ。
期間限定の付き合いで、お互い、合意のはずだったろう?」

それでも、彼女が自分の気持ちをぶつけると、忍は最後に一言、こういった。

「今迄付き合って貰えただけでも、有り難く思えば?
その顔で、よく、言えるな。
俺、お前の顔、最初から、好みではなかったんだ…。」

過去の事を思い出し、余りの言い分に、夏流は怒りを抑えるのに必死だった。

告白している彼女は、夏流より一つ年上で、学内でも評判の美人であった。

性格も極めて明るくて、回りの信頼もあり、他人に無関心な夏流でも、彼女の事は頭に残っていた。

(女を一体、なんて思っているの?
性格、最悪。
絶対に、こんな人、好きにならないから!)

改めて己の心に誓いを立てる夏流に、忍は柔らかく言葉をかけた。

「明後日の日曜日、どこか、遊びに行かないか?」

突然のデートの誘いに、目をぱちくりさせた。

「え、今、なんて?」

「デートの誘い」

「私が貴方とデート?」

「そう。
俺たち、もう、付き合ってるから、当たり前だろう?」

「い、何時から、私達は付き合ってるのよ。
勝手な事ばかり言わないで。
私、貴方が嫌いって言ってるでしょう?
恋愛はお互いが好意を持って成り立つのではないの?
坂下君、貴方、常識って言う言葉を持ち合わせてないの?」

「君は俺を好きになるよ。
既に答えが出ているのに、何も考える事はないだろう?」


言葉すら出ないと言う事はこういう事を言うんだろうか…?


世の中、自分が持つ常識が通用しない事があるとは思っていたが、ここ迄酷い事は、己の人生で、
初めての経験だ。

(あ、頭が痛い…。
どうしたら、この状況を打破する事が出来る?
ねえ、誰か教えてよ!)

必死に頭の中を巡らせた夏流は、土曜から日曜日にかけての自分の予定を言う事が、一番の解決策だと思い、忍に言った。

言いたく無い一言を…。


「ご免なさい。
毎週、土曜から日曜日はいつも予定があるの。
だから、貴方とのデートには付き合えない。」

「…」

「本当にご免なさい。
せっかく、誘ってくれたのに」

言いたく無い言葉だ。
何故、自分が忍に謝らないといけないんだ?
それも自分の事情も絡めて。

「…そうか。
まだ、ずっと、続いていたんだな。」

「え?」

「じゃあ、日曜日の夕方なら時間が取れるだろう?
ご飯でも、食べに行こう。」


思わぬ忍の言葉に、一瞬、夏流の思考は止まった。

この人、今、なんて言った…?

「予鈴がなったから、ここ迄だな。

帰り、時間が合えば一緒に帰ろう。」

忍の声が、また一段と暖かみを帯びるのを、呆然としながら、夏流は聞いていた。

(もしかして、彼は知ってるの?
私の事情を…)

過ぎ去る忍の姿を見つめながら、夏流は教室へと向かった。

心に一つの不安を秘めて…。



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