Act.5 君が欲しい



あれから、一言も忍と夏流は、喋る事はなかった。

(どうして、こんな風になったの?
ああ、この重い空気。
もう、嫌になる…)

長い沈黙の中、しびれを切らした夏流は、忍に話しかけた。

「ねえ、もう、家に着いたんだけど。
これ以上、私に何か用があるの?」

「…」

「ねえ!」

「明日から、毎日、迎えに行く」

「な、何言ってる?
ねえ、貴方のその態度、迷惑そのものとは考えないの?
聞いてる?」

「聞いてる…」

今迄と打って変わった声に、一瞬、夏流は体を震わせた。

つぶやく様に返事をする忍は、夏流が知ってる忍とは雰囲気が余りに違っていた。

「私、貴方の事、嫌いなの。
だから、私にとって、貴方のその行為は迷惑きわまりないのよ。
だから…!」

「だったら、好きになればいい。
いや、惚れさせるよ、俺の事を」

「な、何、貴方…。」

だんだんと距離を詰め寄る忍の行動に、足がすくんで動く事が出来なかった。

普段の彼からは想像つかない態度に、夏流は底知れぬ恐怖を抱いた。

背中にひんやりと汗が流れる。

壁際に背中が当たった途端、夏流は逃げ場の無い自分の立場に、思わず、目を瞑った。

忍が自分を囲う様に、両手を壁に付く。

じっと、見つめる忍の視線が怖くって、俯いていると忍の顔が近づいた。

「俺がそんなに嫌いか?」

「当たり前でしょう?
貴方、私の事をなんだと思っているの?
自分に興味が無いから、振ったから、私にこんな仕打ちをするんでしょう?
貴方に恋愛感情って言うモノが、私にあるの?
冗談ではないわ。
私は貴方なんて、大ッ嫌い。
だから、もう、私に近づかないで!」

それ以上、言葉を紡ぐ事が出来なかった。

私は彼のそれで、言葉を失ったから…。


どれくらいの時間が経過したんだろう。

長い時間だったと思う程、彼は私に触れていた。

涙が自然とこぼれた。

(好きな人とキスをしたかった。

何故、こんな仕打ちをされないといけないの?)

パシンと風を切る音が響いた。

震える手に力を入れた夏流は、忍の頬を思いっきり、叩いた。

「貴方なんて、最低…!」

「…」


怒りを表し、ぼろぼろ涙を流しなら、夏流はマンションに駆けて行った。

夏流の姿を見守りながら、自分の性急な行動に忍は、息をついた。


「やっと、見つけたのに。
バカだ、俺は。
何故、ずっと、気付かなかったんだ?」


絞る様に言葉を紡ぎながら、忍は夏流のマンションに視線を注いだ。


唇に残る夏流の熱を、そっと指で辿りながら…。



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