Act.40 step 坂下君が意識を取り戻して一週間経過した日、医師からやっと外出許可を許された彼に誘われて屋上にあがった。 ひんやりとした風が頬を翳める。 もう季節は11月になろうとしていた。 不意に坂下君が私に話しかけた。 「…今迄、夏流を傷つけて本当にすまない事をした。 謝っても許される事では無いと解っているが、でも謝罪させて欲しい。 夏流…。 君を傷つけて本当にごめん。」 突如言われた言葉にどんな風に反応していいか、一瞬迷ってしまった。 困った風に笑うしか今の私には出来ない。 彼が私に行った行為は決して許されるべき事ではない。 でも…。 今になると彼の事がよく解る。 彼の行為も、私が本当にはっきりとした態度を示さなかった事が原因だから。 それにあの行為に中で、私は確かに感じていた。 彼の私に対する強い「想い」を…。 「もういいの。 私も貴方の事を何も知ろうとも、考える事も出来なかった。 貴方の言葉を正面から受け止めていたら、貴方が傷つく事も無かった。 お互い何も知らなかった。 だから…」 私の言葉に少しの間、言葉を詰まらせそしてふわりと笑った。 初めて見る彼の笑顔だ。 あの冷たく哀しみを帯びた笑顔は、もう彼の中には存在しないと思うと心の中が温かくなった。 「君は本当に昔と変わらないね、なっちゃん。 俺は君をそう、呼びたかった。 ずっと、心の底から…」 急に言われる坂下君の言葉に顔が赤くなるのが解った。 彼は無意識に女性の心の掴むのが上手いと、最近になって解った事だ。 「も、もう急に変な事を言わないで、しーちゃん。 私も貴方の事をそう、呼びたかった。」 くすりと、笑う彼は本当に綺麗だと思った。 「殺し文句が上手いね、なっちゃんは。 無自覚って本当に怖いと思うよ、俺は。」 「もう、しーちゃんたら。」 2人して笑う事が出来る事に私は心から感謝している。 彼と出会って私は色々な事を体験して、そして先に進む事が出来る様になった。 そう、心の中にある「思い」を解放する事が出来た。 そしてそれは彼との別れも意味する…。 「しーちゃん、私、貴方に話が…」 言おうとした瞬間、坂下君に言葉を遮られた。 「それは俺が言うべき言葉だと思う。 夏流…。 俺は君を解放するよ。 俺たち、別れよう…」 目を見開き彼を強く見つめた。 ああ、彼も解っていた事なんだ、と私は改めて彼を見つめなおした。 「俺たちは最初から、恋愛という感情で付き合っていたのではなかった。 俺は君に心が惹かれたけど、だけどそれは俺が俺自身から解放されたかったから。 恋とか、愛とかが先に生じての付き合いではなかった。 だから」 戸惑いながらも言葉を紡ぐ彼が愛おしいと思うのは、彼には内緒の事だ。 私達はこれから先、お互いが別の道に歩もうとしている。 だから、この「想い」を彼に気付かせては駄目。 そして彼の「想い」に気付いてもいけない。 彼が私を心から想っているのは本当は伝わっている。 その彼が私の事を心から想い解放しようと言う気持ちも…。 「有り難う、しーちゃん。 私、貴方に出会えて本当に良かったと思う。 今迄、本当に有り難う…」 心の中で涙が止まらないのは何故だろう…? 心を翳める痛みに耐えながら、振り切る様に満面な笑顔を浮かべ私は坂下君と別れた。 今になって解る。 貴方は私にとって本当に誰よりも大切な人だった…。 これが私の貴方に対する「答え」 貴方と別れて私はやっと、それを受け入れる事が出来た…。 |